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パラアイスホッケー初出場の熊谷昌治 悔しさ胸にエースに成長 

 国際大会の試合後にスタンドの声援に応える、パラアイスホッケー日本代表の熊谷昌治=1月、長野市
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 パラアイスホッケーのFWで長野県高森町在住の熊谷昌治(アディダスジャパン)は、前回のソチ・パラリンピック出場権を逃した悔しさを原動力に戦ってきた。日本代表のエースに成長した43歳の点取り屋は「パラに行きたいという気持ちだけで頑張ってきた」と、待ち望んだ平昌の舞台への思いを口にした。

 平成20年夏、バイクで走行中に乗用車にはねられ、折れた右脚の骨が皮膚の外に飛び出すほどの重傷を負った。まだ30代の前半。「切断だけは嫌だった」と温存を模索したが、数カ月の治療も実らずに右脚を失った。「ああ、もう終わりだな」。今後の仕事や生活、子供のことが頭を駆け巡った。

 それまでトップレベルのスポーツと縁はなかったが、不安を打ち消し、生きがいを求めるように「とにかく退院直後はいろいろ挑戦してみよう」と、車いすバスケットボールや水泳などに取り組んだ。当時アイススレッジホッケーと呼ばれていたパラアイスホッケーで、日本が22年バンクーバー大会で銀メダルを獲得したことを知った。

 代表メンバーで同じ長野県出身の吉川守(中部電力)の勧誘も重なった。クラブの練習を見学するつもりで行くと、すぐに防具を渡されて氷上に出た。「スレッジに乗るだけでも最初はバランスが取れなかった」と悪戦苦闘。3カ月かけてようやく滑れるようになった。

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