【主張】平昌パラ閉幕 情熱の力を見せてくれた - 産経ニュース

【主張】平昌パラ閉幕 情熱の力を見せてくれた

平昌パラリンピックの閉会式。会場は熱気に包まれた=18日、韓国・平昌五輪スタジアム(桐原正道撮影)
 障害のある選手の高い身体能力と、器具を使いこなす技量に目を見張った10日間だった。
 平昌パラリンピックで日本は金3、銀4、銅3の10個のメダルを獲得した。前回のソチ大会(6個)を上回る健闘を心からたたえたい。
 とりわけ金メダリストの奮闘は、情熱の力を教えてくれた。
 アルペンスキー女子座位で金1個を含む5個のメダルを獲得した村岡桃佳選手は、幼少時から車いす生活を送ってきた。高校2年で出たソチ大会の後、世界レベルの選手を対象とする早稲田大のトップアスリート入試に合格した。
 早大スキー部は当初、入部に難色を示したが、「仲間と競い合って自立していきたい」という村岡選手の熱意をくみ、受け入れている。大学構内のエレベーター設置や選手寮の改修は、OBの寄付などで実現したという。大学で実を結んだ「共生」は、日本の社会で大切にしたい財産だ。
 スノーボード男子の成田緑夢(ぐりむ)選手は、五輪を目指したトランポリンの練習で左膝から下が麻痺(まひ)するけがを負っている。
 しかし、打ちひしがれることなく、競技に励む姿を発信するうちに、障害者から「勇気をありがとう」とのメッセージが届いた。「障害がある人に夢や希望を与えられるアスリートになる」と覚悟が定まったという。
 平昌大会には、障害者の社会参加を支援する団体を自ら設立するなど、スポーツの枠を超えて活躍する選手も出場していた。
 自身の障害を活力に変える選手の明るさには、大いに学ぶことができる。
 パラスポーツの競技人口は伸びておらず、社会との関わりに及び腰の障害者がまだ多いことをうかがわせる。都市機能のバリアフリー化や障害者への偏見をなくすなど、受け入れに向けた社会の変化も急務だろう。
 パラリンピックを目指すトップ選手は長い間、強化拠点となる施設を持てずにいた。五輪競技とパラ競技が共用できる第2ナショナルトレーニングセンターが完成するのは来年だ。
 強化態勢の遅れは、社会のありようを映している。乗り越えるべき壁は、日常の中にもある。
 東京五輪・パラリンピックの開催を2年後に控えた日本の宿題である。