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69年ぶり呉に「帰港」 セーラー万年筆の世界戦略

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大正14年当時、広島県呉市にあった浜田町工場。右上円内は創業者の阪田久五郎氏(セーラー万年筆提供)
大正14年当時、広島県呉市にあった浜田町工場。右上円内は創業者の阪田久五郎氏(セーラー万年筆提供)
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 デジタル全盛の現代にも、季節の便りやあいさつ状には万年筆を使うという人も少なくない。最近では、手書きの良さが見直されたり、ギフトとしての人気もあったりと、万年筆市場は意外にも拡大傾向だそうだ。そのなかで、国内最古参メーカーの「セーラー万年筆」が今年4月、本店を東京から広島県呉市に移した。かつて軍港だった呉市は同社創業の地。5月27日には創業110年を迎えるという老舗が、69年ぶりのUターンを決めたのにはどんな理由があったのか。

西日本豪雨が契機に

 きっかけのひとつになったのは、平成30年7月に発生した西日本豪雨だ。呉市天応西条にある天応工場(現・広島工場)が広範囲にわたって浸水。人的被害はなかったが、約3週間にわたって操業はストップし、大きな打撃を受けた。

 土砂で埋まった工場の前で、木村孝工場長(56)は「どうしたらいいのものか」とぼうぜんと立ち尽くした。

 「泥だらけで正門からは入れない。完成品倉庫は無事だったが、ほとんどの建物は泥だらけ。水につかってだめになった機械も多かった」と振り返る。

 何とか出社できた社員で復旧を始めたが、作業は難航。結局、工場にトラックで200杯分ぐらいの土砂が流れ込んでいた。

 屋外の土砂を撤去する作業には、重機を所有していた元社員が駆けつけてくれたりして、何とか復旧にこぎつけたものの、災害に対する備えや従業員の働く環境について、企業として、見直しを迫られることになった。

ときめきをもう一度

 セーラー万年筆の創業者は岡山出身の阪田久五郎氏(1883~1961年)。明治の中ごろ、英国留学から帰国した友人の将校から土産に万年筆を贈られ、魅力にとりつかれた。

天応工場(現広島工場)が稼働した昭和14年から使われている工場棟と木村孝工場長=5月7日午後、広島県呉市天応西条
天応工場(現広島工場)が稼働した昭和14年から使われている工場棟と木村孝工場長=5月7日午後、広島県呉市天応西条
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 すずりや筆が主流の時代に万年筆はハイカラだった。後に「万年筆というものを生まれて初めて見たときの心のときめきは、言葉で言い表せないほどだった」と回顧している。

 前身となる阪田製作所を明治44年に呉市で設立し、日本初の14金ペンの製造に着手。軍港があり、海軍との縁もあって商品名は「セーラー(水兵)」とした。

 海軍への納入で軌道に乗り、事業拡大のなかで昭和27年には、本店所在地は東京へと移ったが、創業110年の今年、呉市に新工場を建設し、本店移転を決めた。

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