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「つらい時期、ノートに書いて前向いた」スキージャンプ高梨沙羅、本紙に語った五輪への思い

インタビューに答えるノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅=東京都港区(松本健吾撮影)
インタビューに答えるノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅=東京都港区(松本健吾撮影)
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 ノルディックスキー・ジャンプ女子のエース、高梨沙羅は、開幕まで1年を切った2022年北京冬季五輪で悲願の金メダル獲得を目指している。銅メダルだった18年の平昌五輪の翌シーズンから2シーズンは、ワールドカップ(W杯)で複数勝利がなかったが、20~21年シーズンは3勝。結果が上向いてきた。産経新聞の単独インタビューに応じた24歳は、苦悩の末に得た手応えを口にするとともに、いざ迎える五輪シーズンへの思いを語った。(運動部 小川寛太)

 --20~21年シーズンはW杯で個人総合2位になり、4月16日の帰国会見では「思った以上の結果を出せた」と振り返っていた。その要因は?

 「目指すべき飛躍の形に目星がつけられ、だいぶ自分のものになってきた感覚があった。技術面では、アプローチ(助走)からテークオフ(踏み切り)にかけて重点的にやり、いい位置でテークオフできるようになってきた。アプローチが安定してきた結果、テークオフも安定し始めて精度が高いものになってきたと思う。それが自信につながって、結果がついてくるようになった」

 --18年の平昌五輪後、飛躍をすべて見直してきたが、18~19年、19~20年の2シーズンはともに1勝にとどまった。結果が出ない時期をどう乗り越えてきたか

 「平昌五輪後の2シーズンは明確に目指すべき飛躍の形がなく、探りながらで苦しい期間が続いた。期待に応えられるだけの自信が持てず、試合に出るのがすごくつらかったし、分かりやすく目に見えるのは結果なので、気持ちが下がってしまうこともあった」

 「ただ、やるべきことを続けることで結果につながるという気持ちを強く持つようにして、やるべきことや練習内容をノートだったり書き物としてまとめてきた。結果がついてこなくても、それを見直すと、自分が前進している感覚があったことが大きな要因だったかなと思う。あと、近くで見てくれている人が常に励ましてくれていたので、それも大きかった」

 --新型コロナウイルスの影響が大きいシーズンだった。練習などで工夫したことは

 「今まで通り練習メニューをこなせない状況に、慣れるまで時間がかかった。外でやるようになったトレーニングもあるし、ウエートトレーニングは器具が使えないこともあって、重りの代わりに人を担ぐなどして、より原始的な方法でやった。この経験があって、施設や設備が整っていない場所でも『ないからどうしよう』ではなく、別の方法で練習したりして、前向きに考えられるようになった。今はどこでも順応できると思う」

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