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「パパッと要点話す」女性部長は大阪コロナ対策を迅速指揮

 浅田さんが業務フローや態勢の素案を作り、同13日に健康医療部にセンターを設置。モデルはなかったが発案の前提として、昨年1月末以降、府内の政令市や中核市を含む感染者情報を府が集約していたことが“布石”となった。

 藤井部長は浅田さんを選んだ理由について「臨床経験が長く、医療の現場をよく分かっていた」と説明。浅田さんは「えらいことを引き受けたかもしれないと思ったが、やるならすぐやったほうがいいと思った」と振り返った。

自称「いらち」の本領

 自身を「いらち」と称する藤井部長らしさが垣間見えたのが、昨春に府直轄のドライブスルー方式のPCR検査場を開設したときだ。

 府内の検査場所が足りず感染が疑われる人が「検査待ち」となり、昨年4月17日の金曜、藤井部長は翌週にもドライブスルー検査をできないかと職員に提案。検査場の開設に必要なマニュアルは「今日中につくらなあかん」と指示し、同23日には検査が始まった。

 「作業の締め切りは明示するが、最初から百点満点の案を持ってこいとは言わない。段階を追って筋道をつけてくれる」。部下の職員はこう話す。

330人の大所帯牽引

 今でこそ週末はほかの幹部と交代で出勤している藤井部長だが、感染第1波のころは土日も休まず登庁していた。「結構頑健なんですよ。心も体も」と笑う。

 それもそのはず、コロナ禍の前は大阪マラソンを完走したり、府内の各保健所を視察した後、職員の慰労会を開いたりすることも。部下の職員は「毎日飲みに行けるスタミナがある。それでいて、お弁当は毎日きっちり作っているような親しみやすさもある」と打ち明ける。

 コロナとの闘いが始まって1年余りが経過し、府の対策班は23チーム約330人にまで膨らんだ。大所帯を率いる藤井部長は「どのチームも自分たちで判断して動いてくれるので、仕事が早い。非常事態で鍛えられている」と評価する。

 その上で「自分自身は全力で一生懸命に仕事をするのが信条。対策が遅れたら命に関わることを常に念頭に置き、コロナ患者を受け入れてくれている病院のノウハウを共有して次の感染の波に備えたい」と決意を語った。

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