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「心の密」は保ちたい 吉田類さん「酒場放浪記」放送1000回

リモートによるインタビューで放送1000回について語る酒場詩人の吉田類さん
リモートによるインタビューで放送1000回について語る酒場詩人の吉田類さん

 平成15年から続くテレビ番組「吉田類の酒場放浪記」(BS-TBS、毎週月曜午後9時~)が22日に放送1000回を迎える。酒場詩人の吉田類さん(71)が各地で酒と料理に舌鼓を打ち、自然体で店主や常連らと交流する様子が支持され、長寿番組となった。節目を機に取材に応じた吉田さんは、番組の歴史や収録の裏側、新型コロナウイルス禍で苦しむ酒場への思いを語った。今後もさらなる酒場めぐりに意欲を見せる吉田さんが目標として掲げたのは、文学史に名を残すあの大作家だった。(文化部 森本昌彦)

当初は番組の1コーナー

 《酒場という聖地へ 酒を求め、肴(さかな)を求めさまよう…》というおなじみのナレーションから始まる「酒場放浪記」は現在、ゴールデンタイムに放送される人気コンテンツだが、当初は大人の趣味を紹介する「グッドライフ」という番組の1コーナーだった。

 それが視聴者の人気を集め、単独の番組となり今も愛され続けている。「お酒を飲んで、酔っ払って、食べてという番組が1000回続くというのは、かなり珍しいことだというふうに思いますね」と大台達成の感想を話す吉田さんは、スタート間もない頃に手応えを感じていた。

 始まって、半年もたたない時期だった。「私鉄に乗っていたときに、前に少し年配のご夫婦がいて、僕のほうを見て『お父さん、お父さん! あの人、あの人よ!』ってあいさつしてきたので、『あっ、こんちはっ!』ということがありました」と振り返る。

 当時はまだ衛星放送を視聴できる世帯が今ほど多くなかったが、ケーブルテレビで番組を見てくれている人もいた。九州に出かけ、乗降客が数人しかいない駅で降りたとき、「見てますよ」と声をかけられた。番組の浸透ぶりを感じ、「続ける意義があるなと思いました」と語る。

 若い人にも支持され、24年には姉妹番組として酒好きの女性たちが巡る「おんな酒場放浪記」が誕生。大みそかには「年またぎ酒場放浪記」が恒例になった。番組を見ながらツイッターで交流する、SNS時代ならではのファンも存在する。

 これだけ長く愛される番組となった理由について、吉田さんは「仮に僕に理由があるとしたら、僕は自分を飾らない、作らないんです。そこが逆にウケちゃったのかなと思いますね」と分析する。

目が覚めると、そこは…

 ある駅に降り立って街を散策し、酒場にたどり着いてからは、飲んで食べて、店主や常連客らと話すという構成を基本とする番組ゆえの苦労もあった。

 「たいがい僕は(番組で)見えている分より、飲んでいる量が相当多い。1カ所にいる時間は2時間とかあって、今は(コロナで)できないけれど、普段はお客さんたちと『乾杯! 乾杯!』ってやっているわけです。相当量を飲むのでどうしても記憶がなくなっちゃうんです。これが一番困っています」

 ときには、店の名前を忘れることすらあるという。「それだけ楽しんで飲んでいるから、出るときに実はいつも振り返って屋号を確かめているんですね。ほとんど忘れていて間違えちゃいけないからということで見ているわけで、別に後ろ髪ひかれてということではないんです(笑)」と話す。

 酒にまつわる失敗談も「山のようにありますよ」と、いくつか明かしてくれた。

 九州のあるホテルに宿泊していたときのことだ。飲み疲れて、お風呂に水を入れたまま眠っていたという。「気が付いたら、バスルームからザアーッと流れてきて。ほとんどいかだに乗っているようなイメージじゃないかなと思うんです」と説明する。

 こんなこともあった。ベッドから起き上がって、トイレに行こうと歩いていると、部屋の外に出てしまったのだ。当然鍵はなく「入ろうにも入れないんですが、そのとき真っ裸だったんです」。エレベーター付近でフロントに電話をかけ、スタッフを呼んだが、「僕の姿を見たとたんに、非常階段のほうに走って逃げていっちゃったんです。またもう一回呼んで、バスタオルを持ってきてもらって、事情を話して部屋に入りました」と振り返った。

 最近は大胆な失敗は減っており、対策も講じているという。「だから記憶のないときはスタッフに連れて帰ってもらっています。信頼できるスタッフがいないとできないですよ」と周囲の支えに感謝する。

家呑みで旧交温める

 放送1000回に近づいた昨年には、新型コロナウイルスの感染拡大で、番組の内容も変更を余儀なくされた。

 4月には緊急事態宣言が出された。当時の心境について吉田さんは「ぜんぜん中断するというふうには思っていませんでした。コロナだからといって酒場がなくなることはないと思うんです。当然酒場放浪記も続くと思っていましたが、今までの収録スタイルはがらりと変わるだろうなということは覚悟していました」と明かす。

 5月25日から6回は「今日はお家呑(の)み」と題し、吉田さんの仕事場で各地から取り寄せた肴と酒を飲みながら、かつて訪れた酒場の店主とテレビ電話で旧交を温めるという内容に変わった。お互いを労わり合うようなやり取りには、酒を通して培った絆が感じられた。「そういう関係を築いてきたということは、一つの財産だと思いますね」

 現在は外でのロケこそ復活したものの、感染防止に気を配りながら収録を続けている。かつては店の常連客とグラスや杯を合わせて乾杯する姿が当たり前だったが難しい。そうした現状でも「できるかぎり『心の密』は保ちたい。せめて心の密は取り戻そうぜというようなつもりでやらせていただいています」と語る。

 いまだに感染が収束するめどは見えず、多くの酒場の経営を直撃し、愛飲家もかつてのような楽しみ方はなかなかできない。吉田さんは「今はコロナ禍で、その状況下の飲み方しか今はできないが、酒場文化を絶やさないために、僕たちの周りでできる小さなことでも、それを続けて支援するという立場を取ればいいんじゃないかと思います」とエールを送る。

94、95歳まで現役宣言

 大きな節目を迎え、今後の抱負を聞くと、「放送2000回目を『いっしょに出させてよ』という人もいらっしゃるので、目標は大きく2000回です」と意気込みを見せる。

 普段年齢を意識することはないという吉田さん。すでに70歳を超えているが、登山を続けて体力維持に努めている。「登山ができれば飲みに行けますよね。山歩きで鍛えているので、おいしく食べられるし、おいしく飲める。松尾芭蕉のように全国を行脚しながら、酒場放浪記も続けたいと思っています」

 吉田さんには同じ酒好きとして意識する先人がいる。「一応94、95歳までは飲み続けられると思うんですよ。大先輩がいまして…」と切り出し、「山椒魚(さんしょううお)」や「黒い雨」などの代表作で知られる小説家の井伏鱒二(1898~1993年)の名を挙げ、「94歳のときでも新宿で朝まで乱れずに飲んでいたという、これは本当の話があります。僕もそれを目指したいなと思います」と続けた。

 酒場という存在を「大親友というか、そういうふうに思っているし、自分の人生そのものじゃないでしょうか」と話す吉田さん。放浪の旅はまだまだ続く。

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