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故ダイアナ元英国皇太子妃も愛した版画…吉田博展、光の変化、精緻に描出

「瀬戸内海集 光る海」 大正15(1926)年
「瀬戸内海集 光る海」 大正15(1926)年
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 明治から昭和にかけて風景画の第一人者として活躍した吉田博(1876~1950年)。故ダイアナ元英国皇太子妃の執務室に木版画が飾られていたことで一躍有名になった画家だ。昨年、没後70年を迎え、記念する巡回展が東京都美術館(台東区上野公園)で開かれている。洋画家、水彩画家、版画家の顔を持つが、本展は版画を中心に全容をたどる大規模な展覧会だ。(文化部 渋沢和彦)

30度以上の摺り重ね

 作品の特徴は色彩の美しさにあるだろう。「瀬戸内海集 光る海」という版画がある。帆船が浮かぶ静かな海。空はオレンジ色に染まり、海面はまばゆい光を反射し、船の影がゆらゆらと揺れる。刻々と変化する光を細やかな色彩でとらえた。

 吉田が本格的に木版画に取り組んだのは49歳からだった。自らの工房に職人を雇い、意のままに制作。同じ版木を使い、摺(す)り色を変えることで、光の変化を表現した。吉田の場合は平均30数度に及ぶ摺りを重ね、ときに自らも彫りや摺りを手掛けたという。そうして「瀬戸内海集」や「日本アルプス十二題」などの代表作が誕生した。

海外でいち早く評価

 吉田は福岡県久留米市で生まれた。幼いころから画才を発揮し、14歳で吉田家に養子となり、絵の英才教育を受けて育った。黒田清輝ら主流派の画家がフランス留学したのに対し、吉田は23歳でアメリカへ渡って実力を試した。デトロイト美術館で水彩と素描による展覧会を開き成功を収め、日本より海外でいちはやく評価された。

 ヨーロッパをへて、明治34年に帰国。油彩や水彩で風景画を制作した。40年の第1回文展(現・日展)に水彩画3点を出品し、その1点が3等賞を受賞。その後も受賞を重ね、第4回文展の審査員に34歳にして選ばれ、7回まで務めた。実力を備えた知る人ぞ知る画家だった。

 昭和62(1987)年、英国の皇室専門雑誌「MAJESTY(マジェスティ)」に、故ダイアナ元英国皇太子妃の執務室の写真が掲載された。そのときに壁に飾られていたのが吉田の「猿澤池」と「瀬戸内海集 光る海」だった。美術ファンの間では、作品とともにその名が知られることとなった。彼女は61年に初来日した際に、画商から「猿澤池」を購入していたが、「瀬戸内海集 光る海」の入手経路はわかっていない。

東京裁判弁護人とも親交

 精神分析学の創始者のジークムント・フロイトは、「山中湖」を書斎に飾っていた。清澄な空気に包まれた湖と富士山を描いた穏やかな作品。博の孫の版画家、吉田司氏によると、これは日本精神分析学会の初代会長から昭和7年に贈られたものだという。

 意外な人物とも関係があった。東京裁判の弁護人で原爆投下を非難したベン・ブルース・ブレイクニーと親交があり、彼は吉田の木版画をコレクションしていたという。

 国境を超え多くの人々に愛された。作品の魅力は、東洋と西洋、季節、時間など、異なる光の変化を絶妙な色彩で描出した質の高さにあることはいうまでもない。

 「絵画制作を通して培った確かな画力と繊細な色彩感覚により、光や大気が見事に表現されている」と、東京都美術館の小林明子学芸員は話している。

 「没後70年 吉田博展」は3月28日まで、一般1600円。問い合わせはハローダイヤル03・5777・8600や展覧会公式ホームページへ。

 ※新型コロナ感染拡大で予定が変わる場合もあります。

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