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【ロングセラーを読む】現実と虚構が織りなす歴史 『鷲は舞い降りた』ジャック・ヒギンズ著

 英国の中部にある静かな村。そこに向かう道をはさんで草地に面する坂に1軒の家が建っている。第二次大戦末期、ウィンストン・チャーチル英首相の誘拐を企てたナチス・ドイツの極秘作戦に加担した女性スパイの拠点だ。といっても原作小説に基づく映画「鷲は舞いおりた」のロケ地での話にすぎない。だが、そうした架空のことも本当に思えるほど現実味のあるところに原作の魅力がある。

 英東部ノーフォークの教会と墓地を訪れ、ある発見から取材に奔走したジャック・ヒギンズ。取材の成果を語る形で始まり、終わる物語だが、どこまで事実かは分からない。前書きには〈少なくとも五十パーセントは、証拠書類の存在する歴史的事実〉と記した。

 1975年の出版で76年に早川書房から翻訳本が刊行され、81年にハヤカワ文庫に収録。92年に当初の削除部分を補完した「完全版」が出版された。その翻訳文庫は14刷を数え、単行本も含めて新旧版を合わせた発行部数は35万2千部になる。その間、文庫「ベスト100」の常連となり、昨年は「名著50選」にも選ばれた。

 ナチスによるイタリアでのムソリーニ救出、囚人救出を図ったアイルランドでの刑務所襲撃、南アフリカのボーア戦争でのチャーチルの脱出劇、捕虜の英兵による親ナチスのイギリス自由国軍の活用-。事実が複雑に折り重なる。作戦の舞台も架空の場所だが、ノーフォーク北部にそれらしい村がある。教会と墓地。延々と続く湿地帯の海岸線が舞い降りるのに絶好となれば、さらに興味がわく。

 登場人物の個性も人気の要因だ。母が米国人というチャーチルと同じ境遇にある主人公の独軍中佐、自らを「偉大なる冒険家の最後の一人」と話すアイルランド共和軍(IRA)の一員、ナチスの強権に耐えながら作戦を指揮する独軍大佐。その生き方には歴史観もにじみ、波乱の物語は予期せぬ結末へと向かう。

 映画のロケ地で戦闘場面の撮影に使われた教会には当時の記事が展示されている。体制にあらがいながら勇敢に戦った「鷲」たちへの思いが息づく村。教会の神父と思わしき人と話をすれば、あのときのヒギンズの気分になるのは間違いない。 (文化部 蔭山実)

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