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【一聞百見】ふりかけ、駅弁づくりも…「興福寺執事」という仕事  

興福寺東金堂内で話す辻さん=奈良市(須谷友郁撮影)
興福寺東金堂内で話す辻さん=奈良市(須谷友郁撮影)
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 世界遺産に登録されている法相宗大本山・興福寺(奈良市登大路町)は、巨大な五重塔などの堂塔が並び、阿修羅像など多くの国宝仏像に彩られて、観光客の人気が高い。1300年の歴史を持つ大寺での日常や修行、寺への思いをつづったエッセー「興福寺の365日」(西日本出版社刊)を出版し、話題となったのが同寺執事(僧侶)の辻明俊(みょうしゅん)さん(43)だ。寺では広報・企画事業を担当してこれまで、仏像ブームを巻き起こした「国宝 阿修羅展」や「運慶展」などの展覧会、多彩な事業を手掛けてきた。「より多くの人に興福寺のことを知ってもらいたい」。本に込めた辻さんの思いとは-。

(聞き手 編集委員・上坂徹)

きっかけはアルバイト

 「参られた方から、『お寺で何をしているのですか』と聞かれることがあります。僧侶がふだん何をしているのか皆さんはご存じないようです。その答えを書きました」。辻さんは笑顔を見せながら、そう話す。

 辻さんが興福寺に入山するきっかけになったのは、「アルバイト募集」の新聞折り込みチラシだった。「興福寺国宝特別公開」の運営スタッフの募集。奈良市内にある融通念仏宗の寺に生まれた辻さんは、小学生のころに得度し、中学時代は住職だった父親について法要の手伝いもしていた。高校時代にオーストラリアに1年間留学。語学を学びたいと思ってはいたものの、父親の強い勧めで、大谷大学仏教学科に進んだ。

 運営スタッフに応募したのは大学3年の時。実家が寺で、仏教学を学んでいる身ではあったが、「海外旅行の資金を稼ぎたい」のが動機だった、という。仕事は参拝者への説明。3週間の特別公開期間終了後、森谷英俊執事長(当時、現興福寺貫首)から、「君、ヒマだろ。うちに来る?」と誘われ、アルバイトが続けられると思い込み、「はい。よろしくお願いします」と返事をした。

 実家の寺の堂・庫裏は明治の初め、興福寺子院の喜多院から移築されたという〝因縁〟があることは知っていた。「大学院に進むか海外での仕事に就くか」と悩んでいると、森谷師から「興福寺は学問寺なので勉強はできる。これは仏縁、仏様が手を引いてくれたに違いない」と声を掛けられ、興福寺入山を決めた。

 興福寺では入山1年後に、真言各派と同様の「四度加行(しどけぎょう)」という修行が行われる。90日間、ひとりで本坊内の道場で行に入る。無言。1日2食。8時間にわたって作法を学ぶ。残り2週間は不動堂で「護摩行」。睡眠、食事の時間を削って、護摩木をたき続ける。苦しい。「行が終われば、寺を出る」。そんなことを考えていたとき、外の物音に気付いた。夜中でも、お百度参りに訪れる人や、南円堂にじっと手を合わせる人。「あまたの祈りがあった」。この時に、自分の役割が分かった。

(次ページは)阿修羅展の反省…

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