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悲恋の物語と地中海沿岸由来の名残を伝える「越前水仙」

日本海を臨む越前海岸で咲くスイセン=令和2年12月、福井県越前町
日本海を臨む越前海岸で咲くスイセン=令和2年12月、福井県越前町
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 福井県の越前海岸沿いのスイセンは「越前水仙」といわれ、寒風にさらされ、雪に埋もれながらもたくましく咲く姿が美しい。昨年11月には国指定の重要文化的景観に選ばれることが決まったが、ここがスイセンの名所となった由来として、地元には悲恋の伝説が語り継がれている。

木曽義仲の合戦との縁

 越前海岸沿いの集落では近代に入りスイセン栽培が本格化。戦後からは棚田に広がり、栽培を主な産業とした風景が形成されていった。スイセンは福井県の花にも指定されている。花の見頃は12月~翌年2月の冬で、正月花としても親しまれている。

 国の文化審議会は昨年11月、この集落を含む福井市、越前町、南越前町の3カ所計1480ヘクタールを「越前海岸の水仙畑」として国の重要文化的景観に選定するよう文科省に答申した。

 越前海岸がスイセンの名所となった正確な経緯は分かっていないが、福井市居倉町には、その由来に迫る伝説が残されていた。ある兄弟と娘の悲恋の物語だ。

 《平安末期、木曽義仲が京に攻め上ったころ、長者の息子2人がいた。兄は父とともに義仲の軍勢に加わったが、残った弟は留守を守った。

 ある日、弟は海におぼれた美しい娘を助け、その娘と親しくなる。だが、戦で父を亡くし帰ってきた兄も娘にほれ、兄弟は争い合うようになる。

 いさかいに耐えかねた娘は海に身を投げる。娘が命を落とした岸には、美しい花が流れ着いた》

 この花を娘の化身として育てたことから、スイセン栽培が始まったという。

 同町には伝説にまつわる場所などがあり、海岸沿いには「兄弟が娘を争った大岩」という「雄岩(おいわ)」、「娘が身を投げた大岩」とされる「雌岩(めいわ)」がある。

 県の資料によると、スイセンは、室町時代には将軍家に献上され、江戸時代には越前国の特産品となっていたとの記録が残っており、明治時代になると地域を代表する産業にもなったという。

海を渡ったスイセン

 「伝説は、スイセンが海外から渡ってきたことを示しているのかもしれない」。こう推測するのは越前町立福井総合植物園プラントピアの松本淳園長。

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