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【石仏は語る】初層軸部に胎蔵界四方仏 万願寺九重石塔 兵庫県川西市

満願寺九重石塔
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 満願寺(まんがんじ)は高野山真言宗の寺です。寺伝によれば、奈良時代に聖武天皇勅願によって、勝道(しょうどう)上人が開基したと伝えます。平安時代中期には多田源氏の祖、源満仲(みなもとのみつなか)が帰依し、のちに源氏一門の祈願所として栄えます。鎌倉時代の正中2(1325)年には、後醍醐天皇によって勅願寺となり、室町時代に入り、源氏一門である足利家の祈願所となりました。最盛期には49の坊院が存在したといいますが、江戸時代になると次第に衰微したことが知られます。

 九重石塔は花崗岩(かこうがん)製、高さは約3・3メートルを測ります。石塔は鎌倉時代中期から軒反(のきぞり、軒先の反り上がり)などの特徴と、格狭間(こうざま、側面に彫り込んだ刳形=くりかた=の装飾)などを表す変化があります。石塔の基壇はなく、乱石積敷の上に建立されています。基礎部を素面仕上げとして、四方側面とも無地で少々高く見られます。

 塔身の初層軸部には、胎蔵界四方仏が刻まれています。南面には大日如来(アーンク)、西面に阿弥陀如来(キリーク)、北面に阿しゅく如来(ウーン)、東面に薬師如来(バイ)の梵字種子が薬研彫りで大きく彫られています。初層軸部北面に示される阿しゅく如来の両脇に刻銘があります。「為二親得脱 比丘尼妙阿造立者也 正応六(1293)年癸巳三月日」の銘文が見られ、鎌倉時代後期の遺品です。「比丘尼妙阿」が両親のために造立したことが分かります。

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 屋根の笠部軒反は大きくはなく、その下部には、たるき形と言って、薄い方形座を軒裏に一重段を刻出しているのが見られます。相輪頂部は、一般的には一石で作りますが、頂部の宝珠請花(うけばな)は五輪塔の空風輪部で、後補しています。九重石塔前にある石碑には、奥院にあった石塔を寛文8(1668)年に移設した旨の銘文が知られます。

(地域歴史民俗考古研究所所長・辻尾榮市)

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