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山下清、草間彌生ら…才能見いだした医師、式場隆三郎の「目利き力」

若き芸術家の才能を見いだした式場隆三郎(練馬区立美術館提供) 
若き芸術家の才能を見いだした式場隆三郎(練馬区立美術館提供) 
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 式場隆三郎(1898~1965年)といって、一般的には知る人は少ないだろう。素朴な貼り絵で知られる山下清(1922~71年)ら特異の才能を見いだし、世に出した立役者だった。その活動や業績を振り返る展覧会が東京の練馬区立美術館で開かれている。博士の愛した美術とはいったい何か。(文化部 渋沢和彦)

ゴッホ研究に没頭

 新潟県に生まれた式場は精神科医だった。医業のみならず美術研究にも取り組み、とりわけ情熱を傾けたのがオランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890年)だった。医学生時代に雑誌「白樺」でゴッホを知った式場は、以来研究に没頭し、「ファン・ホッホの生涯と精神病」(昭和7年)を上梓した。「ホッホ」とその名が表記されているが、白樺派の画家たちは「ゴオホ」などとも呼んでいて、いまのように日本で浸透していた時代ではなかった。

 興味深いのは出版だけに終わらなかったこと。昭和26年、東京・銀座の松坂屋で複製画によるゴッホ展を開催。海外の有名画家の作品では、本物を見る機会に恵まれていなかっただけに複製とはいえ、その後、各地で開催され多くの人が押し寄せたという。日本で実物を鑑賞できるようになったのは、オランダのクレラー・ミュラー美術館からゴッホ・コレクションを借りて33年に東京国立博物館で開催された展覧会を待たなければならなかった。

無名時代の草間も見いだす

 ゴッホだけではなく、山下清を世に出した。式場は山下が在園していた障害児入所施設の八幡学園(千葉県市川市)の顧問医となっていたことから山下の才能にいち早く気付いた。戦時中に出版した「宿命の藝術」の中で、江戸時代の絵師、伊藤若冲(1716~1800年)の「群鶏図」をモチーフにした山下の貼り絵に対し、「写生でも、材料の違い、手法の違いで、こんな素晴らしいものになった」とほめている。式場は、展覧会などを通じて山下を一般に広く知らしめた。「裸の大将」と呼ばれ映画やテレビドラマとなって人気を得たが、そもそも式場が火付け役だったのだ。

 芸術の特殊な才能を見抜く眼力があり、いまや世界的なアーティストとなった草間彌生(1929~)の若き日、式場は絵を見て画才を見抜いた。草間は29年、東京での初個展を日本橋の白木屋で開催。式場が白木屋に紹介したとされている。まだ無名だったが、その後、渡米した草間は世界で活躍するようになっていった。

大衆に広めた功績

 著書は約200冊に及ぶという。昭和初期、当時の東京・深川の商店街に短期間建っていた奇妙な住宅「二笑亭(にしょうてい)」について記述した「二笑亭綺譚(きたん)」(1939年)など刺激的な本も多い。

 展覧会場では著書とともに、関わりの深い美術品など式場がコレクションした作品が公開されている。ゴッホの複製画や山下清の貼り絵。近代美術の歴史に大きな足跡を残した画家、岸田劉生(1891~1929年)、「日本のゴッホ」とも呼ばれた放浪の画家、長谷川利行(1891~1940年)。さらに民芸運動に参加したことから、研究した木喰(もくじき)(1718~1810年)の木彫などがそろえられ、総合的に活動をたどることができる。

 「式場は研究を深めるだけではなく、優れた才能の画家らを発掘して大衆に広めた。その功績は大きい」と同館の毛利義嗣副館長は話している。

 「式場隆三郎『腦室反射鏡』」展は12月6日まで、一般1000円。問い合わせは練馬区立美術館(03・3577・1821)。

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