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千鳥・大悟の島の絶景「石切りの渓谷展望台」は絶叫必至

北木島の石切り場に設けられた展望台=10月24日、岡山県笠岡市
北木島の石切り場に設けられた展望台=10月24日、岡山県笠岡市
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 人気お笑いコンビ「千鳥」の大悟さんの出身地として認知度が広まりつつある瀬戸内海の北木島(きたぎしま)=岡山県笠岡市=は、実は石の一大産地だ。島で産出した石は大阪城の石垣、靖国神社の大鳥居などにも使われた。だが、往年は島民の数は6千人を数えたものの、中国産の安価な輸入石材の台頭で千人を切り、業者は激減した。そんな中、3年前に石材業者が採石場を一望できる展望台を設置。日本の建築を支えてきた歴史のうかがえる絶壁は島を訪れる観光の目玉となり、訪問客を増やしている。(織田淳嗣)

海面より深い展望台

 「高所恐怖症の人は気を付けてくださいね。ちょっと揺れますから」

 「石切りの渓谷展望台」は周囲を絶壁に囲まれていた。崖には細いはしごがいくつか立てかけられ、60メートル下には現在も石を掘り進める現場が見える。瀬戸内海が崖の向こう側に見えるが、現場は海面よりはるか下。足がすくむような景観は圧巻だ。

 この場所で鶴田石材(同市)が採石を始めたのは明治25年。作業が機械化された昭和30年代以降に大きく掘り進められたといい、絶壁には130年近い歴史が刻まれている。

 北木島は島そのものが豊富な花崗岩(かこうがん)に恵まれている。産出する「北木石」は歴史的建造物や著名人の墓石にも使われた。最盛期の30年代に丁場(加工場)の数は127を数えた。社長の鶴田康範さん(50)は「この島はずっと石で食べていたんです。観光は昔は必要なかった」と話す。

 だが、平成以降は中国からの安価な石材の輸入が本格化。採石業は加速度的に衰退していった。鶴田さんは東京都内の商社マンとして勤務していたが、父親で先代社長の英輔さんが体調を崩したことなどから、平成14年に島に戻った。すでに産業が斜陽化していた中で、英輔さんには「せっかく東京の会社に入ったのに、戻ってくるなんて」と叱られたという。

石材産業の観光化

 鶴田さんは現場で汗を流し、外部と商談をするなかで、日本の建築や文化を支えた石材のありがたみを世間に知ってほしいとの思いを強めた。瀬戸内海の周辺の島では、海水浴場を整備するなど観光地化が進んでいた一方、石に恵まれた北木島はほぼ手付かず。鶴田さんは「産業観光の切り口で石のありがたみを伝えられないか」と考え、旅行会社や島の漁師と組んで、北木島の日帰りツアーを企画するなど模索を続けた。

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