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没後50年…三島由紀夫が問う課題 山中湖の文学館、初めて晩年に焦点

三島由紀夫文学館の企画展を説明する佐藤秀明館長=山梨県山中湖村平野(渡辺浩撮影)
三島由紀夫文学館の企画展を説明する佐藤秀明館長=山梨県山中湖村平野(渡辺浩撮影)

 作家の三島由紀夫(1925~70年)が昭和45年11月25日、東京・市谷の陸上自衛隊東部方面総監部で自決してから間もなく50年になる。山梨県山中湖村の村立施設「三島由紀夫文学館」はこれまで事件に関する展示を控えてきたが、初めて晩年にスポットを当てた企画展を開いている。近畿大教授(日本近代文学)でもある佐藤秀明館長は「没後も日本人の心に生き続けている作家について、考える機会にしてほしい」と話す。(渡辺浩)

自決への軌跡展示

 「公共施設なので三島の死に深入りせず、文学を取り上げてきたが、50年経過し、事件は歴史になったと判断した」。佐藤館長はそう話す。

 三島は晩年、最後の長編小説「豊饒(ほうじょう)の海」の執筆を進めると同時に、民間防衛組織「楯の会」の活動を行っていた。

 企画展では、これまでも展示されていた豊饒の海の創作・取材ノートを紹介。そこには三島がスケッチした山中湖付近の地図もある。

 三島は昭和42年6月、サンデー毎日に陸自富士学校(静岡県小山町)での体験入隊の感想を書き、帰り道の山中湖の描写もある。掲載された文章より詳しい未発表の元原稿を今回初めて展示した。

 このほか、東大全共闘との討論会や、死の直前に自らプロデュースした池袋東武百貨店の三島由紀夫展など、自決に向かう軌跡を資料で振り返っている。

無機的な日本予想

 三島の代表作「金閣寺」のオペラ(黛敏郎作曲)を手掛けた演出家の宮本亜門さんが、没後50年を機に文学館のメモリアル・アンバサダーに就任。10月24日に講演した。

 <日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或(あ)る経済的大国が極東の一角に残るのであらう>

 宮本さんは45年7月7日の産経新聞夕刊に掲載された三島の有名なエッセー「果たし得てゐない約束-私の中の二十五年」を紹介し、「三島は感情を打ち出し、無機的に生きなかった」と解説した。

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