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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】瀕死のアニマル・スピリット

今後の経済政策のかじ取りが注目される菅義偉首相=6日午前、首相官邸(春名中撮影)
今後の経済政策のかじ取りが注目される菅義偉首相=6日午前、首相官邸(春名中撮影)

 つい先日、高級コーヒー豆を商うCさんから悲痛な叫びの電話があった。「取引先が倒産してしまい、至急カネを調達しなければならなくなりました。これから駆けずり回ります。私のほうはなんとかなると思いますが、倒産した会社の社長が行方をくらましているんです。自殺しなきゃいいのですが」

 こんな事態が全国各地で数え切れぬほど起こっているはずだ。

 Cさんは全国展開した大手スーパーの元社員で、子会社の社長も務めた。バブル崩壊後の1990年代後半からスーパー本体の経営が悪化、国の政策に従って優良子会社や優良資産のほとんどを手放して再建をはかったものの、最終的にはライバルの大手スーパーの完全子会社となり、いまでは見る影もない。

 「当時はボスが経営に失敗したという認識だったのですが、いま自分で小さな会社を営んでいて感じるのは、国の政策が間違っていれば、経営者がどんなに努力しても会社を維持するのは困難だということです。私のボスは、日本でも有数のアニマル・スピリットの持ち主でした。それでもどうにもならなかった。国の政策が間違っていたからです。長引くデフレとコロナ禍で苦しむいま、またそれが繰り返されてはたまりません」

 「アニマル・スピリット」とは、ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』で用いた用語で、将来の収益を期待して事業を拡大しようとする、合理的に説明できない不確定な心理のことだ。「血気」「野心的意欲」「動物的衝動」と訳される。国の経済成長は、個々の経営者のアニマル・スピリットにかかっているともいえるだろう。

 2020年版「小規模企業白書」によると、16年時点で日本の企業は約359万社。このうち小規模企業(製造業・その他で従業員数20人以下、商業・サービス業で同5人以下)は約305万社で、全体の約85%を占める。ちなみに1999年は約423万社だった。17年で約118万もの小規模企業が消えているのだ。

 Cさんの話を聞き、白書のデータを眺め、ある格言を思い起こした。

 「財産を失うのは人生の半分を失うことだ。友を失うのはそれ以上の喪失だ。勇気を失うのは人生のすべてを失うことだ」

 バブル崩壊後の長引くデフレで、多くの小規模企業経営者は財産、友、そして勇気(アニマル・スピリット)を失って廃業していったのだろう。それに追い打ちをかける今回のコロナ禍。いったいわが国はどうなってしまうのか。経済についてほとんど何も知らない。ここから先は「ど素人の妄言」と受け止められてもかまわない。それでも書かずにはいられないのだ。

 よいモノを作り、よいサービスを提供しても、売れないときには売れない。それがデフレだ。そしてコロナ禍のいま、普通に商売もできない状態だ。小規模企業経営者のアニマル・スピリットは瀕死の状態にあるといえるだろう。その経営者305万人のアニマル・スピリットが息を吹き返さない限り日本の復興はない、と私は考える。この局面で国がなすべきは、小規模経営者への資金援助、内需拡大のための積極的な財政出動だろう。背後に海外の投資ファンドがついていそうな人々が口にする「構造改革」など、この苦難を乗り越えたあとで必要かどうか議論すればよい。

 秋田県の高校を卒業して東京都板橋区内の段ボール工場に就職した菅義偉首相には、ぜひ自分の原点から発想していただきたい。

いま必要なのは社会主義的政策

 『ドン・キホーテ』の中でサンチョ・パンサがこんな言葉を吐いている。

 《「お前が誰といっしょにいるか言ってみな、そうしたらお前がどんな人間か言ってやる」という諺(ことわざ)も、また「お前が誰から生まれたじゃねえ、誰といっしょに飯食うかが問題だ」という諺も本当だとするなら、おいらは御主人のあとについて仕えてるんだから、御主人のさらに上をいく阿呆(あほう)よ》(後編第10章)

 一般紙には必ず「首相動静」(本紙は「菅日誌」)という記事が掲載されている。首相が何時何分にどこへ行った、誰と会ったという内容だ。一般の読者はあまり関心を払わない記事だろうが、首相が何をくわだてているかを推測するうえではとても貴重なものだ。

 「菅日誌」は自民党総裁に就任した9月14日の午後から始まる。菅首相がどんなエコノミストと会ったのか追ってみた。

 トップバッターは竹中平蔵慶大名誉教授。18日午前7時26分から8時38分まで東京・虎ノ門のホテルで会食。20日午後3時2分から41分まで同ホテルで高橋洋一嘉悦大教授と面会。21日午前9時22分から53分まで東京・永田町のホテルで経済ジャーナリストの財部誠一氏、58分から10時50分まで熊谷亮丸大和総研チーフエコノミストと面会。同ホテルで午後3時57分から5時まで竹森俊平慶大教授と面会。25日午前7時25分から8時35分まで東京・虎ノ門のホテルでデービッド・アトキンソン小西美術工芸社社長と会食。

 菅首相が精力的にさまざまなエコノミストの意見に耳を傾けていることがよく分かる。目を引くのは竹中氏とアトキンソン氏の扱いだ。小泉純一郎首相(当時)とともに新自由主義的な改革を推進してきた竹中氏、生産性の低い中小企業は整理すべきだとの主張をするアトキンソン氏と、菅首相は飯を食いながら1時間以上も過ごしているのだ。

 かつてわが国は「もっとも成功した社会主義国」と揶揄(やゆ)されたことがあった。すべての金融機関を守るため、行政官庁がその許認可権限などを駆使して業界全体をコントロールしていく「護送船団方式」がその象徴だ。それが高度経済成長の土台となった。このことは記憶しておいてよい。

 もちろん資本主義社会においては「自助」が大前提だ。だが現在の局面で小規模企業経営者に「自助」を求めるのは酷(こく)すぎる。いま必要なのは社会主義的経済政策ではないか。小さな政府より大きな政府だ。竹中氏とアトキンソン氏が菅首相にどんなアドバイスをし、菅首相がそれをどう受け止めたのか。気になる。

 ※サンチョ・パンサの言葉は牛島信明訳『ドン・キホーテ』(岩波文庫)による。  (文化部 桑原聡)

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