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【田村秀男のお金は知っている】国家と国民はどうでもよい、自分さえよければすべてよしというのが「貨幣経済」の終着点なのか? 今こそ「縄文精神」に立ち返れ

 本連載は10年目に入った。テレビでは「お金」をテーマにしたNHKの「カネオくん」が登場したが、我関せず。カネを通じてあらゆる角度から国内外の政治経済に切り込んで、その正体を暴くことを狙いにしている。

 金融バブルはなぜ崩壊するのか、デフレとは何か、中国の全体主義モデルは行き詰まったのか、アベノミクスはなぜ不発に終わったのか、そしてスガノミクスで日本経済はどうなるか-など回答を出してきた。

 現代経済は無論、貨幣(マネー)経済であり、カネのデジタル数値が無限とも言えるほど膨張すれば、突如収縮する金融市場に翻弄されている。中国・武漢発の新型コロナウイルス禍によって実体経済活動が大きく傷んでいるというのに、株価だけが上昇を続けるのも、カネ経済がモノ・サービス経済から遊離しているからなのだ。そんな世の中でいいのだろうか。

 いいはずはない。賃金の低い非正規労働従事者が真っ先に整理され、金融資産保有者だけがぬくぬくと肥えていく。10%の消費税率は容赦なく中低所得層を痛めつけるのに、政府は減税を拒否し、「Go To」政策でごまかす。GoToを主に享受するのは時間とカネにゆとりのある富裕層であることを無視している。

 所得水準が低い600万人以上もの働き盛りの男たちが結婚できずにいるのに、景気回復のための財政出動を渋る。財界は消費税増税と法人税減税を政府に求めたくせに、消費税増税のために内需が冷えきった国内には投資せずに、中国など対外投資に血道を挙げる。そして菅義偉政権の「規制改革」を歓迎するが、それが中小・零細企業を淘汰(とうた)してコロナ不況を余計にこじらせる恐れがあることには無関心だ。

 「保守」であるはずの政権が日本の国力衰退に拍車をかける政策を繰り返す。国内で使われないカネが世界最大規模であふれ返り、金融機関は国際金融市場を通じて、かの中国に供給する。習近平政権はそのお陰で、ほくそ笑んで軍拡にいそしむ。核ミサイルで日本列島全域を射程に入れたばかりか、沖縄県尖閣諸島を含む日本周辺海域をわが物顔で出入りする。

 国家と国民はどうでもよい、自分さえよければすべてよし、というのが、貨幣経済の終着点なのか。

 そんな思いが高じて、筆者はこの9月初めと10月4日にツアーに出た。縄文遺跡巡りである。青森の三内丸山、そして山梨、長野両県にまたがる八ヶ岳山麓の遺跡群である。1万6000年も昔に始まり、1万数千年間も続いた縄文時代は、欧州、中東そして中国が新石器時代だというのに、高度な技術と芸術性を誇る土器を果てしなく創造し続けた。文字を残さなかった故に「文明」とは国際機関から認知されないが、芸術によって精神文化の原点を築いた正真正銘の文明である。

 縄文とは貨幣のない、人を殺(あや)める武器をつくった形跡も皆無の空前絶後の太平の世だった。菅首相は「自助・共助・公助」を掲げるが、共助一筋だった縄文精神に立ち返るべきではないか。(産経新聞特別記者・田村秀男)

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