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半世紀の潜伏…姿現した過激派最高幹部 背景に世代間対立? 警察当局は注視

9月に開催された中核派の政治集会で半世紀ぶりに姿を見せた清水丈夫議長=6日、東京都荒川区(同派の機関誌「前進」のHPより)
9月に開催された中核派の政治集会で半世紀ぶりに姿を見せた清水丈夫議長=6日、東京都荒川区(同派の機関誌「前進」のHPより)
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 暴力革命を掲げ、数多くのテロやゲリラ事件を起こした過激派「中核派」の最高幹部で、昭和44年から潜伏していた清水丈夫議長(83)が9月、東京都内で行われた政治集会に出席し、51年ぶりに公に姿を現したことが警察関係者などへの取材で分かった。清水議長はゲリラなどの非公然活動を主導する立場だった可能性があるが、潜伏期間中、一切の動向が消え去っていた。過去に摘発された大物活動家と比べても「闇の深さは別次元」(警察関係者)の存在は、なぜ表舞台に復帰したのか。

「幻」の大物

 《コロナ危機を革命へ!》

 9月6日、東京都荒川区で開かれた中核派の政治集会。警察当局や公安当局が長年、重要人物として動向を探りながら、消息が完全に途絶えていた清水議長が登壇した。マスクを外し、素顔をさらす。「集会で発言するのは51年ぶりです」。時折口ごもりながら約10分間、思いを訴えた。

 「幻ともいえる大物活動家」「51年間、本人を見た者はいなかった」。集会の直前、清水議長が出席するとの情報はあったが、実際に目の当たりにした当局者らには驚きが広がった。

 中核派は昭和32年、過激な武装闘争路線から転換した日本共産党を離脱した急進的学生らのグループが源流だ。清水議長も元々、全日本学生自治会総連合(全学連)書記長で学生運動の顔役だったが、警察当局が取り締まりを強めると動向がつかめなくなり、非公然活動家に転じたとされる。

 中核派はその後、分裂した日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)との抗争が激化し、50年には本多延嘉書記長が殺害された。清水議長も警戒を強め、潜伏の度合いを増したとみられる。

 中核派の非公然部隊は「革命軍」と呼ばれ、テロやゲリラなどの実行役、武器の製造役、支援役などに細分化されている。警察当局は、清水議長が革命軍の行動を主導する立場だった可能性もあるとみているが、直接の指示を示す物証や証言は得られておらず、大半の事件なども公訴時効を迎えているという。

 中核派は安保闘争などのほか、反天皇制や成田空港建設阻止などの対権力闘争を行ってきた。46年の「渋谷暴動」事件では、米軍駐留を認めた沖縄返還協定の反対運動にあわせ、東京・渋谷の派出所を火炎瓶などで襲撃し、新潟県警の警部補を殺害。平成2年には上皇さまのご即位に合わせて行われた式典などに合わせ、京都市の京都御所に金属弾を撃ち込むなど、全国で124件のゲリラ事件を起こしている。

渋谷暴動事件では中核派の活動家らが東京・渋谷を襲撃。火炎瓶などが投げられ、各所が炎上した=昭和46年11月14日
渋谷暴動事件では中核派の活動家らが東京・渋谷を襲撃。火炎瓶などが投げられ、各所が炎上した=昭和46年11月14日
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 29年には渋谷暴動事件で長年指名手配されていた活動家、大坂正明被告(71)が逮捕され、殺人罪などで起訴された。長期間の逃亡生活は非公然部門が支えたとされ、警察当局は、清水議長も同様の支援を受けていたとみる。

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