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【一聞百見】令和の時代を軽やかに 万葉集もエッセーも 奈良大学教授・上野誠さん

 「業界のニックネームは『腰田低男氏』ですからね」と、また自虐ネタで笑わせる。初対面の名刺交換で「ご縁を賜りまして。今後ともごひいきにお願い申し上げます」などと、なんとも学者らしからぬ〝丁寧〟さであいさつするのを横で聞いていた悪友がつけたそうだ。「小商人(こあきんど)ですから。(原稿でも講演でも)わかってもらわないと次の仕事にはつながらない。論文もわかりやすく書く工夫が大事だと思っているんですよ。たとえ3枚のエッセーであれ30枚の論文であれ、あの先生に依頼してよかったと思ってもらいたい」

「福岡の人は口が達者なんです」と話す上野誠さん=奈良市(柿平博文撮影)
「福岡の人は口が達者なんです」と話す上野誠さん=奈良市(柿平博文撮影)
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 あるとき母校の高校で講演をすることになった。「母がいうには『ああよかよか、授業料取り戻してきんしゃい』とね。自分のためにモトをとる発想。だからでしょうか、研究のための本や旅行代はケチったことがない。自分のためですから」。なのでこの春、新型コロナウイルス下でも自分への投資を怠らなかった。

■万葉集訳 現代人に響くよう

 新元号が令和に定まってからというもの、出典の「万葉集」が注目されてちょっとした万葉ブームになり、上野さんは講演やテレビ、取材にとひっぱりだこだった。「去年1年はたしかに万葉バブルでしたね。バラエティー番組にも呼ばれておもしろかったけれど、そういう仕事と地道な仕事は両方しないといけません」

 今春以降、コロナ下で大学での授業は試行錯誤が続いている。オンライン対策が求められるが「基本的にネット弱者なのでかなり苦労したんですが、無理のない範囲でユーチューブを利用したらうまくいきました」と笑う。

 実はこの間、講演などがほぼなくなった。その時間を無駄にはしないのが上野さんだ。「収穫が2つありましたよ。第一に『鈴木大拙全集』を全部読みました。ずっと読みたいと思っていたんです。第二にNHKで放送されたドラマ『坂の上の雲』を全部見ました」

 仏教学者の鈴木大拙(1870~1966年)は禅の研究者で、広く海外に日本の禅文化を紹介したことで知られる。「実際、読んでみると、〝知の総体〟が大きい人だということを実感しました。知の巨人ですね」。それだけで終わらないのが上野さん。鈴木大拙に実際に会ったことがある人にも会いに行き話を聞いた。「それでね…」と切り出したので、また笑いの予感が…。「鈴木大拙の音声を録音したCDが残っているんです。それを買って聞いてね、ものまねをしてみました。授業でも」。

 上野さんのサービス精神はどこでも誰にでもいかんなく発揮される。そして学生たちには、自ら楽しんで学んでいることが伝わるのだ。「学生たちには形から入れ、かぶれなさい、と言っているんです」。大切なのは、学生に万葉集や古典を好きになってもらうことだからだ。「そのためにはやはり、教員の今をぶつける必要がある。先生は鈴木大拙の本を読んで勉強していてね、昔その人に会ったことがある人に物まねを披露したら80点っていわれたよ…とかね。講演でも授業でも聞いた人にお土産を持って帰ってもらわないと」

奈良大学のキャンパスで取材に応じる上野誠さん=奈良市(柿平博文撮影)
奈良大学のキャンパスで取材に応じる上野誠さん=奈良市(柿平博文撮影)
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 そんな上野さんには60歳を迎えてこれからの目標があった。「万葉集の注釈書を書きたいと思っています。論文はいくら書いてもその時々のものですが、注釈書は永遠に残るもの。もちろん昭和の碩学(せきがく)もさまざまに書いています。けれどいまだに江戸時代の契沖(けいちゅう=国学者で「万葉代匠記(まんようだいしょうき)」の著者)に及ばないところがあったりする。実際、契沖の漢文を読む力には私など足元にも及ばないと思うんですよ」

 そして、めざすのは訳文のわかりやすさだ。

 「独特の古典翻訳文体みたいな感じで現代人の心にフィットしないでしょ。たいそうさびしいことであることよ、とかね。だから新しい考古学的な知見も盛り込みつつ、やさしく平易な訳文で書き上げたい。それで万葉学者としての仕事は一段落だと思うんです」

 万葉集がこの先の未来もずっと、読まれ続けるために。

【プロフィル】うえの・まこと 昭和35年福岡県生まれ。國學院大学大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。文学博士、万葉学者。研究テーマは万葉挽歌の史的研究と万葉文化論。歴史学や考古学、民俗学を取り入れた研究で知られ、万葉集の新しい読み方を提唱。平易な語り口にファンも多い。第15回上代文学会賞。「折口信夫 魂の古代学」(角川財団学芸賞)、「万葉文化論」など著書多数。原作・脚本を手掛けたオペラ「遣唐使」シリーズも。令和2年「万葉学者、墓をしまい母を送る」で日本エッセイスト・クラブ賞。

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