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1151年目の祇園祭に新たな神事 筆頭・宮本組の使命感

御神霊渡御祭で、八坂神社の神霊を榊に乗せて御旅所へ向かう白馬=7月17日、京都市東山区
御神霊渡御祭で、八坂神社の神霊を榊に乗せて御旅所へ向かう白馬=7月17日、京都市東山区
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 「このままでは京都があかんようになる。京都の人たちは身も世もなくなるのではないか。神さんにお出ましいただこう」。宮本組に名を連ねる北村さんはこう考え、ゴールデンウイーク明けに神輿渡御に代わる神事の斎行を求める手紙を同神社の森壽雄(ひさを)宮司(72)宛てに届けた。

 「御旅所になんらかの形で神さんを持って行き、持って還(かえ)る。これだけは絶対にしなければ」と考えていた宮本組の原悟組頭(56)も「結局神さんを出せるのはうちしかいない」と、北村さんの提案に賛成した。組員の間には「一度やらないと言ったのにやるべきではない」といった反対の声もあったが、これを押し切り、決行を決めた。

 そのころ、神社にも「今年は祇園祭はやらないのか」という声が全国から相次いでいた。疫病退散・災厄よけの神社の本家本元として神威を発揚したいという使命感もあり、筆頭氏子の提案を受け止め、神社の神事として斎行を決めた。

神は榊に乗って

 今年限りの祭りの形態については、25学区の氏子を束ねる任務を担う同神社の権禰宜(ごんねぎ)、東條貴史さん(34)と宮本組のメンバーらが毎晩のように話し合い、詰めていった。

 神輿渡御は応仁の乱(1467~77年)で神輿が失われた際に中断するなど、今回が初めての中止というわけではない。応仁の乱の際は、中断が長引く中、室町幕府が、神輿の代わりに榊をもって祭りを執行するよう命じた資料が伝わっている。禰宜の橋本正明さんは「榊のことはずっと頭にあった」と打ち明ける。

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