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【石仏は語る】清凉寺式の僧衣の作風模す 善導寺町釈迦三尊 京都市中京区

善導寺釈迦三尊
善導寺釈迦三尊
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 寺伝によれば、然譽清善(ねんよせいぜん)によって開山され、終南山真光明院善導寺と称する浄土宗の寺でしたが、江戸時代の大火によって、この地に移転したと言われています。

 総高約90センチの砂岩製自然石に、釈迦三尊を半肉彫りにして立体感を造り出した石仏です。中尊の釈迦如来立像は像高約68センチ、その特徴は、嵯峨の清凉寺(せいりょうじ)にある釈迦如来像を模したような衣紋が見られます。その仏像は、かつて中国宋代に渡った東大寺の僧、奝然(ちょうねん)が、インドの優填王(うでんおう)が造立したと言う釈迦如来立像を模刻して、持ち帰ったものと言われています。

 石仏釈迦如来の衲衣(のうえ=僧衣)は両肩を包み、体に張り付くような流水紋の細い平行な線刻によって表現される作風です。それを清凉寺式といい、その姿をまねて表現しているのです。右手を挙げて左手を垂れる施無畏(せむい)印、与願印を示し、面相は穏やかでおちょぼ口、頭部の肉髻(にっけい)は簡略化されています。

 釈迦如来三尊の右側脇侍(きょうじ)は文殊菩薩、左側に普賢菩薩を置くのを一般的としますが、この石仏では左側に弥勒菩薩の如来形立像を置き、末法思想による弥勒信仰の流行があったからだとみられます。像高約43センチ、衣紋は釈迦如来と同じように流水紋の線刻、右手を挙げて施無畏印、左手は下ろして手甲を表にしています。

 右側には五髻(ごけい)文殊菩薩立像、頭部を五髻に結い、右手に宝剣、左手に摩訶般若の梵篋(ぼんきょう=多羅葉に書かれた経典)を持っています。三尊の両脇には刻銘文、左側「弘安元(1278)年戊寅四月十五日造之畢」、右側「願主慶円□□」とあります。鎌倉時代中期に造られました。

(地域歴史民俗考古研究所所長・辻尾榮市)

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