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【マッキーの動物園日記】まさに昭和のネーミングの2頭が築いたカバの歴史

赤ちゃんの頃のテツオ(左)と母親のナツコ(昭和58年)
赤ちゃんの頃のテツオ(左)と母親のナツコ(昭和58年)

 今回は当園のカバ史をひもといてみます。

 戦後になって当園のカバ飼育が復活したのは、デブコ(メス)が来園した昭和27年のこと。デブコ単独飼育の時期がしばらく続いた後、新しいカバ舎(先代のカバ舎)の建設に併せて43年にフトシ(オス)が来園します(しかしまあ、デブコとかフトシとか、なんちゅう名前を付けるんや…)。

 フトシは、名古屋の東山動物園生まれ。多産で有名な重吉、福子ペアの第2子で、いったん姫路の動物園に行った後、天王寺に移籍してきました。

 デブコとフトシは相性が良かったようで、すぐに繁殖が実現。デブコは8子を産み、成育した子は1頭を除いて他の動物園に引き取られていきました。天王寺に残ったのはナツコという47年生まれのメスで、フトシとの間に4子をもうけました。このナツコの第4子が、58年生まれのテツオです。テツオは現在も当園で元気に過ごしています。

 テツオが生まれた年に、デブコとフトシが相次いで亡くなったため、その後しばらくはナツコとテツオの母子で過ごしていました。平成9年に現在のカバ舎が完成したので2頭にはここに引っ越してもらい、さらに11年にはメキシコからメスのティーナに来てもらいました。

 テツオとティーナとの間で繁殖を目指していましたが、残念ながらなかなか繁殖に至りません。そのうちにナツコが22年に大往生。テツオもいい歳になってきましたので、世代交代を進めるべく29年にはメキシコからオスのゲンちゃんに来てもらい現在に至ります。

 これを見ると、私が幼稚園くらいの頃に天王寺で見ていたカバはデブコ・フトシ・ナツコのようですね。本稿の読者の皆さまがごらんになったのはどの時代のカバでしょうか?

 (天王寺動物園長兼改革担当部長 牧慎一郎)

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