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【時刻表は読み物です】大音量で2番を歌う歌謡碑 鉄道連絡船の郷愁

宮島航路の「みせん丸」。船体に「JR」の文字が見える
宮島航路の「みせん丸」。船体に「JR」の文字が見える
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 汽笛を鳴らしてゆっくりと岸壁から離れていく船。その情景は日本人の感性に訴えかけるものがある。そして、橋やトンネルができると、はかなく姿を消すのも航路。かつての国鉄、JRの「鉄道連絡船」もその運命をたどり、現在は世界遺産に登録されている宮島と宮島口を結ぶ宮島航路(広島)のみとなっている。ただ、多くの旅人を運んだ鉄道連絡船をしのぶものは各地に残っている。

 東海道新幹線の東京-新大阪間開業直前のダイヤが掲載されている「時刻表完全復刻版 1964年9月号」(税別1500円、JTBパブリッシング刊)を開いてみよう。目次の国鉄航路の欄を見ると青函、宇高、宮島、仁堀、大島、関門の6航路の名が載っている。瀬戸内海に5航路もあるのが興味深い。

 青森と函館(北海道)をつないだ青函航路は青函トンネル、宇野(岡山)と高松を結んだ宇高航路は瀬戸大橋の完成をもって昭和が終わるころに役目を終えた。青函連絡船は接続する列車のデッキにつるされている「乗船名簿」を記入する必要があり、なぜか緊張した思い出がある。宇高連絡船の甲板にある讃岐うどんの売店は有名だった。子供のころに食べたが、まだ麺のコシというものの認識がなく、なんて硬いうどんなのかと思った。

 下関(山口)-門司港(福岡)の関門航路は鉄道の関門トンネルが昭和17年に開通した後も残っていたが、39年10月で運航が終了した。大島航路も大島大橋の完成で51年廃止。宇高航路の補完的な存在として仁方(広島)と堀江(愛媛)を結んだ仁堀航路は57年に姿を消した。

 国鉄時代の鉄道連絡船の「生き残り」が宮島航路。JR西日本の子会社、JR西日本宮島フェリーが運営し、年間約465万人(令和元年)の来島者輸送を、競合する宮島松大汽船とともに担っている。JRグループということで鉄道との通しの乗車券も発券可能で、若者やシニア層に人気の「青春18きっぷ」でも乗船できる。船体の「JR」という文字、宮島の改札口や桟橋へ向かう通路に掲げられた「JR連絡船乗り場」という全国で設置はここだけであろう看板に郷愁を感じる。

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