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【一聞百見】建築家館長がつくる新たなミュージアムのかたち 京都市京セラ美術館館長 青木淳さん 

館長に就任するとは「想像もしてなかった」と笑う青木淳さん=京都市左京区(永田直也撮影)
館長に就任するとは「想像もしてなかった」と笑う青木淳さん=京都市左京区(永田直也撮影)
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 想像もしていなかった職に昨春、就いた。本業は建築設計。で、伝統ある京都の美術館を改修する仕事をしていたら、なぜかそこの館長にという話が舞い込んだ。戸惑いながら引き受け、いよいよリニューアルオープンというこの春、今度は「コロナ」が押し寄せて…。波乱の幕開けもひと段落した夏、東京と京都の美術館をリモートでつなぎ、新館長に聞いてみた。

(聞き手・正木利和編集委員)

■まさかの打診

 京都市京セラ美術館での青木淳館長(63)の写真撮影は、7月下旬に行われた。「コロナ」対策として、先に写真をおさえ、インタビューは後日リモートで、というかたちとなったためだ。

 その日、青木さんは胸にチャーリー・ブラウンのワンポイントのついた半袖シャツ姿で現れた。「その靴はフランスの…」というと、すぐさま「そう、パラブーツ。これ、丈夫でいいんですよ」。服装からおしはかるに、きっとお茶目でおしゃれで、その上タフな人に違いない。それぐらいの人でなければ、京都で80年を超える歴史をもつ美術館のトップは務まるまい。

 インタビューは8月3日。まず、「どうして建築家の青木さんが美術館の館長になったのか」という質問から。平成27年、建物をリニューアルする設計者の公募で基本設計作成者には選ばれたが、まさか館長になってほしいといわれることなど、「想像もしてなかった」そうだ。話がきたのは昨年3月。設計も終わり、工事ももう半年ほどというころ、就任のほんの1カ月前のことだった。

 「最初は僕にはできないとお断りしました。だって、やったことないですから。ただ、僕のこの設計は歴史を全部ひっくり返して新しいものに変えるものではなく、むしろ過去にもあったいろんな層・時代に現代の層をもう一枚重ねるということをやっている。話を聞くと、その考えを運営でやりたいといわれたので、それならできるかなと。それに新しくなったハードを使いこなせるまでは、設計者として責任をとらなくては、とも…」

東京大学大学院時代の青木さん=昭和56年(本人提供)
東京大学大学院時代の青木さん=昭和56年(本人提供)
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 ただ、ふだん東京にいることがハンディにはならないだろうか。「京都在住の方が館長をやられるのもひとつの在り方だと思います。逆にいえば、それはしがらみというか、全体の重いものを背負わなきゃいけないでしょ。館長を英語でいえばディレクター。方向を指し示す人という意味でいうと、京都市の美術館がどっちに進むのがいいのか第三者的にいいやすい」

 京都生まれでもなければ、京都に住んだこともない。おまけに美術畑でもなく東京に在住している。さらに昨年4月から東京藝大教授に就任し、フルタイムでの館長勤務は無理だ。それを承知で市側が青木さんに依頼をしたのには理由があるに違いない。

(次ページは)寝食忘れて図面を見て妄想…

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