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【ラガール通信】「サクラセブンズ」リオ戦士、全国へ 広がる女子ラグビー

リオデジャネイロ五輪初戦のカナダ戦で、ボールを手に突進する中村(中央)。日本女子ラグビー勢が初めて五輪の舞台に立った試合だった=2016年8月6日、デオドロ競技場(森田達也撮影)
リオデジャネイロ五輪初戦のカナダ戦で、ボールを手に突進する中村(中央)。日本女子ラグビー勢が初めて五輪の舞台に立った試合だった=2016年8月6日、デオドロ競技場(森田達也撮影)
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 女子ラグビーの輪が広がっている。日本各地に続々と新チームが誕生しているが、その一端を支えているのが、2016年のリオデジャネイロ五輪に出場したラグビー7人制女子日本代表「サクラセブンズ」のメンバーだ。女子ラグビーが初めて五輪のひのき舞台に上がった夏から4年。選手、スタッフ、ゼネラルマネジャー(GM)とさまざまな立場で、地方での新たな拠点づくりに一役買っている。(運動部 橋本謙太郎)

 7人制が五輪種目となることが決まったのは2009年10月。女子ラグビーの当時の競技人口は500人程度だったとされる。五輪効果からその後は徐々に増え、日本協会によると、女子の19年度の競技登録者数は5082人になった。

 五輪種目として7人制女子が初めて実施された16年リオ大会以降は、各地にラグビーの灯をともそうと新チームの発足が相次いだ。

 福岡県久留米市では昨年12月、女子チーム「ナナイロプリズム福岡」が発足。選手兼ゼネラルマネジャー(GM)の大役を担うのが、東京五輪第2次代表候補で、リオでは主将を務めた32歳の中村知春(電通東日本)だ。

 全国各地にチームがあれば競技人口が増え、競技人口が増えることで女子ラグビーのレベルが上がり、その価値が高まる。そんな思いで昨年2月ごろから、スポンサーへのあいさつや選手、スタッフのリクルート、練習環境の構築など、チームの始動に向け準備を進めてきた。現役のトップアスリートが運営の中枢を担うのは異例といえるが、その理由を「女子ラグビーの価値を上げる一番の近道が五輪のメダル獲得であるのは間違いないが、年齢的にも、ただプレーするだけでなく、後輩たちの舞台を作るような役割に回らなくてはいけないと思った」と語る。

 チームは、社会人選手の活躍の場が男子ほどは恵まれていない現状を踏まえ、各選手の希望に応じて資格取得支援や就職斡旋(あっせん)も行い、競技に集中できる環境を整えることを目指している。

 同じく東京五輪第2次代表候補の横尾千里(28)=ANA=も中村に賛同し、ナナイロに加入した。ラグビーを始めたのは小学1年のとき。地域のラグビースクールから日本代表まで、さまざまチームで7人制も15人制もこなしてきた経験を踏まえ、「ナナイロの人たちにいろいろなラグビー(の楽しみ方)を知ってもらいたい」と、九州での女子ラグビーの普及への抱負を語る。

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 中嶋(旧姓・竹内)亜弥(34)は今春、青森県弘前市のラグビーチーム「弘前サクラオーバルズ」の選手兼スタッフに就任した。当初は東北の女子ラグビーを盛り上げることを目的にし、女性を対象にしたチームとする予定だったが、地域には男性がラグビーする場も十分でなかったこともあり、昨年春のチーム始動後は男性も女性も受け入れているチームだ。

 リオ五輪後に結婚し、昨年4月に長女を出産。その後、競技生活を再開し、今年1月には15人制強化合宿に参加した。その数カ月後、代表活動に区切りをつけての転身だが、「スポーツの発展」こそが中嶋の目的。「(代表に復帰したい思いとともに)コーチング、マネジメントをやっていきたい思いもあった」といい、一足先に夫の真也氏がコーチに就任していたチームに合流。青森にラグビー文化を定着させる。

 ◇

 山口県長門市に女子ラグビーチーム「ながとブルーエンジェルス」が誕生したのは2017年9月。チームが少ない西日本の活性化を図るべく、地元企業がメインスポンサーとなり、外国人指導者やニュージーランド代表歴がある外国人選手も招聘(しょうへい)した。これに呼応したのが冨田真紀子(29)=フジテレビ=だ。

 「世界レベルの人たちから学ぶことができるし、結果として新たな女子ラグビーの拠点づくりにも協力できれば」。会社の理解を得て、ながとへの移籍を決め、18年3月には関東を離れた。外国選手と冨田ら日本選手が融合したチームは昨年、国内大会「太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ」で総合優勝。国内女子ラグビー界に新風を吹き込んでいる。

 リオで一緒に戦った仲間が全国各地でそれぞれの道を模索する状況に、冨田は「五輪に出た選手は私たちしかいない。どう女子ラグビーを盛り上げていくかをみんな考えていると感じる」。中村は「根底にあるのは女子ラグビーの価値を高めたいとの思い。今は別々のところを歩んでいるが、5年後、10年後、みんなの思いが合わさって、国内女子ラグビーの幹が大きくなっていると思う」と力を込める。

 女子ラグビーが初めて五輪の舞台に登場したリオ大会で、日本女子は金メダルを目標に掲げながら、出場12チーム中10位に終わった。それから4年。サクラセブンズの挑戦は続いている。

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