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ランボー、ギンズバーグ、ヘミングウェー…新訳で蘇る海外の名作

新訳が相次ぐ古典文芸作品の一部。(左から)「吠える その他の詩」、「老人と海」、「ランボー詩集」(萩原悠久人撮影)
新訳が相次ぐ古典文芸作品の一部。(左から)「吠える その他の詩」、「老人と海」、「ランボー詩集」(萩原悠久人撮影)
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 ランボー、ギンズバーグ、ヘミングウェー…。長く日本で親しまれている海外の文芸作品の新訳本が相次いで刊行されている。旧訳本の中には日本を代表する文学者らが手掛け、今も多くの読者の心をつかんでいるものもある。なぜ今、あえて新訳に挑むのだろうか。  (文化部 平沢裕子)

名訳にも賞味期限?

 岩波文庫から7月に刊行された「対訳 ランボー詩集」は、フランスを代表する詩人、アルチュール・ランボー(1854~91年)の主要作品を、国際的なランボー研究者である仏文学者の中地義和さん(67)が新たに訳した。これまでのランボー訳との大きな違いは、見開きの左ページにフランス語の原文、右ページに日本語訳を掲げた対訳本であることだ。そして、飛躍や反転、自他への皮肉に満ちたランボーの詩の理解を助けるため、詳しい脚注に加え、1編ごとに全体的解説を施している。

 ランボーの詩といえば、永井荷風や小林秀雄、中原中也、上田敏、堀口大学、金子光晴など、明治末期から戦後にかけて優れた文学者らによって翻訳されてきた。ただ、中地さんは「これら著名な文学者らが訳したランボー作品は、外国文学の優れた翻訳というより、外国文学に触発された彼らが編み出した日本語作品的な面がある」と指摘する。

 例えば、歯切れのよい華麗な日本語で、1930年の初版から多くの読者を魅了してきた小林訳の「地獄の季節」について、「日本の読者の心をつかみ、日本文学の重要な一角に刻印される業績であることは間違いない」と評価しつつも、「肝心なところでランボーの意図をつかみ損ねたり、ランボーが言ってもいないことを付け足したりしている箇所が少なくない」。

 他の文学者についても「中原中也と金子光晴の訳はすぐれた韻文詩だが誤訳が多い」「上田敏と堀口大学の訳詩は見事だが語彙や調子が現代人には古色蒼然(そうぜん)とうつる」など一長一短があるという。「どんな名訳にも賞味期限がある。60年代の粟津則雄訳以後、訳の精度は上がったが、ランボーのテキストは手ごわく、奥が深い。原文の理解を深める新たな知見と今日的語感に基づく新訳はつねに試みる価値がある」

2020年の「肉声」

 50年代の米文学界で異彩を放った「ビート・ジェネレーション」を代表する詩人、アレン・ギンズバーグ(1926~97年)。スイッチ・パブリッシングは6月、反抗と自由をうたい、カウンターカルチャーの嚆矢(こうし)として後世に影響を与えた代表作の詩集「吠える その他の詩」の新訳本を刊行した。

 詩人の諏訪優や片桐ユズル、米文学者の富山英俊らの翻訳があるが、今回新たに訳したのは、米現代作家を中心に多数の翻訳を手掛ける米文学者の柴田元幸さん(66)だ。書籍化は、同社の月刊誌「SWITCH」でビート特集を組んだ際、柴田さんに翻訳してもらったのがきっかけという。

 新訳にあたって柴田さんが留意したのは、「訳文が『肉声』に聞こえるように」という点だ。「これまでの既訳が肉声に聞こえないという意味ではありません。いかなる詩の文章が肉声に聞こえるかは、個人個人の受け取り方が違うし、時代によっても変わってくる。あくまで、2020年の自分には、これがギンズバーグの声をいちばん忠実に再現していると思える-ということです」

 書店の売り上げデータによると、同書の購入は75%が男性で、うち30~40代が半数を占め、また全体の4分の1は10~20代という。ネット上では、文芸愛好者だけではなく、音楽や美術、映画など芸術全般に興味のある人からの反応が多い印象だ。

 担当編集者の槇野友人さんは「アメリカでは累計100万部以上のベストセラーだが、日本では訳本が手に入りづらい状況にある。新訳本を気軽に手に取っていただき、ギンズバーグの言葉に触れる機会になればうれしい」と話す。

原作を正確に再現

 新潮社は7月、米作家、アーネスト・ヘミングウェー(1899~1961年)の代表作「老人と海」(新潮文庫)の新訳を54年ぶりに刊行した。これまでは、劇作家で評論家の福田恒存による訳本(昭和41年刊行)がスタンダードとして読み継がれ、122刷、累計499万部にのぼるが、今後は紙の本は新訳版に置き換わる(電子版は旧訳も継続)。

 新訳を担当したのは、同文庫で20年以上前からヘミングウェー作品の訳を手掛ける翻訳家の高見浩さん(79)だ。担当編集者の大島有美子次長は「『老人と海』はヘミングウェー晩年の作品。高見さん自身が年を重ねたことで主人公の老人がより身近に感じられるようになり、3年ほど前から新訳の準備に入り今回の出版となった」と話す。

 福田訳との違いは、主人公の老人の描き方だ。ヘミングウェーの行動的でワイルドな作家というイメージもあってか、福田訳の老人は直情的な部分が目立つが、新訳は抑えたトーンで人間味あふれる老人が描かれる。高見さんはまた、何よりもヘミングウェーの描いた海と漁の正確な再現を心がけ、カジキ漁に詳しい釣り師に教えを請うなどして、訳に反映させている。

 大島次長は「半世紀前の翻訳はどうしても言葉が古く感じられる。また、研究が進み、かつてと解釈が異なる部分もある。新訳でよみがえった名作を楽しんでもらえれば」と話している。

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