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【ザ・インタビュー】目に見えない財産の継承を 作家・五木寛之さん新作「こころの相続」

インタビューに答える作家の五木寛之さん(酒巻俊介撮影)
インタビューに答える作家の五木寛之さん(酒巻俊介撮影)

 新型コロナウイルスが従来の生活様式や価値観を変えた今だからこそ、この人の話を聞きたかった。昭和、平成を通じて発表した数々の作品は、人生に悩む人々の道標となってきた。7月に発売した新刊では、お金や土地ではなく、習慣や記憶といった目に見えない財産の継承を説く。過去の経験を生かせず、コロナ禍にあえいでいる日本社会が学ぶべき教えだ。

 およそ1世紀前、日本だけで約38万人が死亡したとされる「スペイン風邪」が世界中で大流行した。コロナによってスポットライトが当たったが、肝心なことが伝わっていないという。

 「年表のような形で過去にこういうことがあったというふうには言われているけれど、そのときに日本人がどう振る舞ったとか、世の中がどんなふうに揺れ動いたかという話は伝わっていない。つまり、実際に体験した人の思い出が相続されていないんです」

 わずか9年前の東日本大震災の際、首都圏でも一時、極端な買いだめ現象が起きたことは記憶に新しい。それにもかかわらず、コロナでもマスクや紙製品が店頭から消えた。記憶や経験を引き継ぐことの難しさを、われわれは今まさに実感している。

 「両親のたどった人生の歴史をあまり知らない。本当はいろんなことを知りたかったけれど、相続しているものがあまりにも少ないことにがくぜんとした」という個人的な後悔が、本書を出すきっかけの一つとなった。今の日本社会も「国や社会が経てきた体験が今、全然切れているという感じがする」といい、戦中や大戦直後の記憶すら風化しつつある現状を嘆く。

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 歴史が断絶することの恐ろしさをわれわれに思い知らしめたコロナはまた、多くの人の日常を変えた。

 五木さんも例外ではない。深夜から早朝にかけて執筆し、午後の遅い時間に起きるというスタイルを60年間けていたが、朝7時に起き、明るいうちに仕事をする生活になった。

 「敗戦と同じぐらいの大きな価値転換があったのかなという気がする」と話す出来事だった。その理由を「今の世の中がそういうふうになっていくという予感があるのかなあ。昔のように夜の世界が活気を持ってカルチャーというものがあった時代から、変わってくるのかもしれないというね」と分析する。

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 コロナの影響は個人の生活だけでなく、人と人の付き合い方にも及んでいるという。「常に密集、密閉、密接な空間の中で、新しいアンダーグラウンドなカルチャーが生まれてきたわけですから。これが変わってくることは、生活だけでなく、カルチャーや人間関係の形も変わってきます」

 これまで当たり前だった顔と顔を合わせての打ち合わせや会議は敬遠され、インターネットを使った「リモート化」が進む。コロナ禍での変化を「リモートからでもお互いに感情の交流ができるんだよ、というような言い方がさかんにされているけれど、それは僕はちょっと違うと思いますね」と危惧し、「面授(めんじゅ)」の大切さを説く。

 仏教で重要な教えを師から弟子に直接伝授すること-とされる用語だが、「面と向かって話を聞いてたくさんのことを学んだということでもないんです。接してその肉声を聞いていることが大事だってことなんです」と強調する。

 コロナ禍でのわれわれの経験や記憶を歴史として次世代に相続できるかも、面授にかかっている。取材の最後、穏やかな口調でこう語った。

 「個人個人の記憶の集積が歴史ですから。大事なことはやっぱり、話を聞きましょうということですね」

3つのQ

Q最近読んで面白かった本は?

「ロビンソン・クルーソー」です。ノーマルでないところにほうり込まれた人間が自分なりの生活を構築していくプロセスが面白い

Q健康で気をつけている点は

左足の具合が悪くて、できるだけ痛みの少ないスムーズな歩き方をいろいろ工夫しています

Qコロナに関するメディアの報道をどうみるか

情報はいっぱいあるけれど、実際のところはよく分からない。新聞のニュースを参考にして自分なりの判断をするしかないですね

(文化部 森本昌彦)

     

いつき・ひろゆき 昭和7年、福岡県生まれ。日本統治下の朝鮮で終戦を迎え、戦後に引き揚げる。早稲田大学ロシア文学科中退。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門」で吉川英治文学賞。ほかの主な作品に「親鸞」「大河の一滴」など。 

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