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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】周庭さんへ 「怖い」という感情を大切に

8月11日、保釈後に香港の警察署前で会見する周庭氏(左)と付きそう黄之鋒氏
8月11日、保釈後に香港の警察署前で会見する周庭氏(左)と付きそう黄之鋒氏

 チベット、ウイグル、内モンゴル、香港での人権弾圧、アジア・アフリカ諸国に対する悪辣な高利貸のような行為、さらには南シナ海、東シナ海における国際法無視の領土拡大行動…。近年の中国共産党の増長ぶりは目に余る。同党の即物的で独善的体質を見抜けず、長きにわたり、甘やかし、太らせ、増長させてきた欧米や日本の政治家・経済人・知識人・報道機関の責任は重い。そしていま、香港の状況を眺めながら思う。このまま放置すれば、世界は貪欲な怪物に食い尽くされてしまうだろう。

 同党の増長ぶりは、ヒトラーの要求を入れてチェコスロバキアのズデーテン地方のドイツへの割譲を決めた1938年のミュンヘン会談後のナチスの増長ぶりを想起させる。イギリス首相、ネビル・チェンバレンの宥和政策である。悲劇を繰り返さないためにも、いまこそ自由と民主主義、法の支配の原則といった価値観を共有する国々は結束して、中国共産党に敢然と対峙すべきだ。中国の巨大市場に幻惑されてはならない。

 われわれ一般人にもできることはある。中国共産党の自由と民主主義を踏みにじり、平然と人権を弾圧する行為と、この期におよんでも同党を直接間接に擁護する政治家・経済人・知識人・報道機関を、ツイッター、ブログ、ユーチューブ、SNS(会員制交流サイト)などを使って執拗に批判し続けることだ。ジョージ・オーウェルが『一九八四年』で描いた全体主義的近未来は、すぐそこまできている。

純粋な憧れを持つ人間の悲劇

 先日の本紙1面に香港の民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)さんの写真と記事が掲載された。6月30日に施行された香港国家安全維持法(国安法)違反の容疑で今月10日に逮捕された彼女が、翌日の深夜に保釈され記者会見に応じたときのものだ。その目は静かな闘志をたたえていた。

 周さんは一国二制度を形骸化する中国共産党の企てに抗した2014年の香港民主化運動「雨傘運動」のリーダーや香港の自決権を掲げる香港衆志(デモシスト)という政治団体を創設して常務委員を務めるなど、民主化運動の中心となって活動してきた。

 昨年6月の中国本土への容疑者引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」改正案への抗議デモを扇動した容疑で逮捕された彼女は、今年8月5日に有罪判決を言い渡され、量刑は12月以降に宣告されることになっている。そして追い打ちをかけるような国安法違反容疑での逮捕。今後、同容疑で起訴されるかどうかは定かでないが、23歳の女性がひとりで背負うには過酷すぎる運命だ。

 中国共産党という怪獣に挑む周さんは、その純粋さにおいて、風車を怪獣と思い込んで突進し、弾(はじ)き返されたドン・キホーテを想起させる。騎士道物語を読みすぎて狂気の囚(とら)われ人となった彼の物語は、滑稽な喜劇だとほとんどの人が認識しているようだが、じつは純粋な憧れを持った人間のとてつもない悲劇なのだ。

 連想ゲームのようだが、悲劇というと、『ジョゼフ・フーシェ』を筆頭に数多くの傑作伝記を著し、ヨーロッパの文化的統合を夢見たオーストリアのユダヤ系作家、シュテファン・ツヴァイク(1881~1942年)を思い起こす。

 ナチスの標的となったツヴァイクは34年にイギリスへ亡命、40年にアメリカ、41年にブラジルへ居を移す。そして42年2月22日、同国ペトロポリスの自宅で服毒自殺する。この時期のツヴァイクが心のよりどころにしたのがモンテーニュの『エセー』だ。自殺の直前に書いた評伝『モンテーニュ』にこうある。

 《彼(モンテーニュ)が気にかけたのはただ一つ、自分自身が理性的であること、非人間的な時代にあって自分自身が人間的であること、集団狂気のただなかにあって自分自身が自由であること、ただこれだけであった》

 自分を育んだヨーロッパの良質な精神と文化が破壊され、流浪の身となったツヴァイクは、モンテーニュの言葉に支えられて苦難の日々をやり過ごしたのだ。しかし60歳を超えた彼は、未来への希望が見いだせなかった。

 《六十歳になってから、もう一度すっかり新しくやりはじめるのは、特別な力が必要であろう。ところが私の力はといえば、故郷もない放浪の幾年月のあいだに、尽きはててしまっている。それで私は、手おくれにならないうちに、確固とした姿勢でこのひとつの生命に終止符を打ったほうがいいと考えるのである。(中略)私は、この性急すぎる男は、お先にまいります》と書き残し、彼は毒をあおる。

 ナチスの政権掌握を機に祖国ドイツを離れ、当時はアメリカのカリフォルニア州で暮らしていた作家のトーマス・マン(1875~1955年)は、ツヴァイクの自殺の報を聞いて「甘やかされた弱い男」と突き放した。厳しすぎないか。 

生きてさえいれば希望はある

 周さんに訴えたい。ドン・キホーテやツヴァイクのような悲劇的結末を受け入れてはならない。血で血を洗う宗教戦争とペスト禍に翻弄されながらも、自分の魂をしっかりと守って生き切ったモンテーニュはこんな言葉を残している。

 《我々のようなちっぽけな人間は、暴風雨を最も遠くから避けなければならない。すなわち忍耐力にたよるのでなく、こわいという感情の方に従わなければならない。打ちこんで来る剣をうち払うことができないなら、それをかわさなければならないのだ》(第3巻第10章「自分の意志を節約すること」)

 周さんは国安法が施行された6月30日、ツイッターでこんな発信をしている。

 《私、周庭は、本日をもって、政治団体デモシストから脱退致します。これは重く、しかし、もう避けることができない決定です。絶望の中にあっても、いつもお互いのことを想い、私たちはもっと強く生きなければなりません。生きてさえいれば、希望があります》

 それでいいと思う。《生きてさえいれば、希望があります》という最後の言葉が胸を打つ。付け加えるなら「怖い」という感情を何よりも大切にしてほしい。ツヴァイクと異なり、あなたには未来がある。

 ※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)による。(文化部 桑原聡)

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