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ムッソリーニも駆けつけた90年前の日本画展 イタリア人を虜にした作品は…

ローマ展ポスター
ローマ展ポスター
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 90年前、イタリアで開かれた大規模な日本画展があった。大家や気鋭の若手が参加し、渾身の作を披露した。その展覧会を振り返る「近代日本画の華-ローマ開催日本美術展覧会を中心に-」が、ゆかりの大倉集古館(東京都港区虎ノ門)で開かれている。名作から画家たちの意気込みが伝わってくる。 (文化部 渋沢和彦)

 高いクオリティー

 1930年、ローマで開かれた「日本美術展覧会(通称ローマ展)」には、在野の日本美術院と官展系の帝国美術院所属の日本画家80人が垣根を越えて参加。作品は約200件を数えた。

 その1つに横山大観(1868~1958年)の代表作「夜桜」があった。日本美術院の創設に加わった近代日本画の巨匠、大観が円熟期に描いた六曲一双の屏風で、日本を強く意識させるモチーフだ。かがり火によって桜が鮮やかに浮かび上がる。華麗であでやか。短い時間で散ってしまう桜をめでる日本人の思いが込められているようだ。

 「院展系と官展系、京都画壇の作家たちが一堂に会したのはエポックメイキング。しかも作品のクオリティーが高かった」と大倉集古館の田中知佐子主任学芸員は指摘する。

 帝国美術院で活躍した京都画壇の竹内栖鳳(1864~1942年)の「蹴合(けあい)」。2羽の軍鶏が闘う一瞬の動きを捉えている。一方は片脚を振り上げていまにも襲いかかろうとし、もう一方は身をひそめる。対照的な動きに緊張感をはらむ。栖鳳は地面にしゃがんで対象と同じ目線で写生をすることにこだわっていたという。日々観察して写生を繰り返した成果が見られる作品とされている。

 本展には出ていないが、山種美術館所蔵で速水御舟(1894~1935年)の代表作となっている「名樹散椿(めいじゅちりつばき)」もローマ展出品作だった。多くは後に、近代日本画の傑作として知られるようになり、いかに画家たちが力を込めたのかがわかる。

10万人以上が来場

 では異国での評判はどうだったのか。展覧会は4月26日から6月1日まで開催され、10万人以上が訪れたという。注目の開会式には当時のイタリア首相だったベニート・ムソリーニ(1883~1945年)も駆けつけた。意外にもイタリア人に人気があったのが、ペルシャ猫など動物の姿を描いた橋本関雪(1883~1945年)の「暖日(だんじつ)」や、本展では展示されていないが、酒井三良(1897~1969年)の米の刈り取りをする農婦を題材にした「豊穣」だったという。

 「ローマ展」開催はそもそも、ムソリーニが日本家屋を造るという話を伝え聞いた大倉財閥の二代目総帥、大倉喜七郎(1882~1963年)が、大観の絵を贈ったことがきっかけだった。喜七郎はパトロンとして支援していた大観を団長に任命してバックアップ。出品作家の選択は大観に一任された。ちなみに富士山の絵がある展覧会ポスターは大観が手掛けた。

 大観は日本画を鑑賞するため展示空間にもこだわった。5人の宮大工を連れて行き、床の間などを設けた日本的空間を造ってしまったほど。さらには床の間などを花で彩るため、生け花作家も同行させたほどの熱の入れようだった。それゆえ、海外で開かれた初の本格的な日本画展ともみられている。

 喜七郎はローマ展開催の2年前に亡くなった大倉喜八郎から財産を相続。「展覧会のために、現在のお金で50億から100億は使ったのではないでしょうか」(田中主任学芸員)。個人の桁外れた文化支援には驚くばかり。

 本展はローマ展開催90年を記念して開催。その出品作を中心に、菱田春草(1874~1911年)ら近代日本画を担った画家の作品も展示。才能の競演を見ることができる。

 9月27日まで、月曜休館、一般1000円。問い合わせは同館(03・5575・5711)。

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