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戦後75年で返還された軍刀にしのばれるニューギニア戦線

 石倉さんは「五十三さんの戦死は20年4月とされている。ジャングルの中を自活しながら生き延び、追撃や夜襲に備えたはず。軍刀は上官か仲間から託され、自身や戦友を守ろうと携えていたのだろう。軍刀は最期まで五十三さんとともにあったのではないか」と推察する。

兵士の誇りを正当に

 一方、軍刀の返還が日章旗から1年近く遅れることになったのは、所持をめぐる壁があった。

 軍刀を所持するには届け出が必要な上、75歳以上の治さんは更新のたび認知機能検査が必要。負担が大きいことから返還をあきらめかけていた。だが、石倉さんが同館にかけ合い、市ゆかりの人物の品として同館が所蔵することで落ち着いた。

 返還にあたり、ティムさんが、返還に尽力した関係者に感謝のメッセージを寄せた。そのなかで、五十三さんの遺品を持ち帰り、保管していた自身の父、ロダリックさんに触れている。

 ロダリックさんは負傷者を手当てする衛生兵。米兵だけでなく日本兵の救助にも努めた。戦時中のことについて多くは語らなかったが、事あるごとに、こう指摘していたという。

 「帰還しなかったすべての英雄のため、戦争の恐怖を忘れ去られないためにも、戦ったすべての兵士の誇りを正当に扱うべきだ」

 この思いがあるからこそ、軍刀が今の世に託されたのだろう。

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