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戦後75年で返還された軍刀にしのばれるニューギニア戦線

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福井県大野市歴史博物館に返還された軍刀=同市
福井県大野市歴史博物館に返還された軍刀=同市
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 戦後75年を迎え、戦争遺品の保管や継承が問題となる中、福井県大野市歴史博物館に一振りの軍刀が米国から返還され8月、展示された。先の大戦で、ニューギニア西部(現インドネシア)のビアク島で戦死した同市出身の兵士ゆかりの軍刀。銃刀法の関係や関係者の高齢化で遺族の受け取りが難しく、同館が所蔵する形となったのだ。

日章旗返還がきっかけ

 兵士は同市(旧・上庄村)出身の石田五十三(いそぞう)さん。同市遺族連合会によると、出征先のビアク島ウンガンドで昭和20年4月、31歳で戦死した。

 今回ゆかりの品として返還されたのは全長96センチ、重さ1・5キロの九五式軍刀。持ち帰った米兵の息子、ティム・マンさん=米国コロラド州=が保管していた。

 昨年7月、五十三さんの出征時に贈られた日章旗が、日本兵の遺品を返す活動をしている米NPO法人「OBONソサエティ」を通じて、ティムさんから石田さんの長男、治さん(79)=同市=に返還された。このやりとりの中で、ティムさんの元に軍刀もあることが明らかになったという。

 五十三さんが出征したころ治さんは2~3歳で、記憶は残っていない。8月12日、同館に展示された軍刀を前に「こんな刀を持って戦争しても、何も始まらないのに」と父の無念に思いをはせた。

誰の軍刀だったのか

 市遺族連合会によると、五十三さんは第二軍野戦貨物廠(しょう)開拓第二中隊に配属された。物資を補給する部隊で、現地で畑を開拓して作った農作物を供給する任務もあったようだ。

 階級は戦死公報で「兵長」とあったが、戦死して階級が特進したと思われ、存命時は「上等兵」だったと考えられる。

 一方、軍刀は原則として曹長や軍曹といった下士官以上の兵士が持ち、上等兵などが持つ品ではなかった。ただ、米側とやりとりをしていた同会会長の石倉善一さんによると、「ティムさんの父は、日章旗と軍刀が一緒にあったと説明していた」という。

 ニューギニア戦線にあってビアク島は、1万5千人近い日本兵が戦ったが、生還者520人という激戦地の一つだった。米軍による上陸作戦は19年8月に終結したが、その後も掃討戦が続いた。

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