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開戦前年に起きた陸軍機の墜落、80年前の記憶をたどる

墜落現場近くの慰霊碑前に立つ古川章さん(右)と北村武弘さん=京都府京田辺市
墜落現場近くの慰霊碑前に立つ古川章さん(右)と北村武弘さん=京都府京田辺市
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 先の戦争が始まる前年の昭和15年、現在の京都府京田辺市に1機の陸軍機が墜落、搭乗していた宝蔵寺久雄・陸軍中将=死亡後少将から1階級特進、当時(50)=ら6人の軍人・軍属が殉職する事故があった。当時は大きく報道されたが、80年がたった今では地元の人でも知る人は少なくなった。事故を調査し、郷土誌にまとめた2人の郷土史家は「地域の歴史を書き残し、後世に伝えていければ」と話している。(井上裕貴)

悪条件重なり…

 郷土史家の古川章さん(83)と北村武弘さん(67)がまとめた郷土誌「やましろ」の記事によると、墜落事故があったのは昭和15年2月25日。中国・満州にあった白城子陸軍飛行学校の校長だった宝蔵寺中将ら6人が東京での会議に出席するため、陸軍機で埼玉県の所沢飛行場に向かっていた。

 だが、兵庫・明石上空を通過後に消息を絶ち、同日午後1時48分ごろ、旧大住村(現京田辺市)松井地区付近で空中分解し、水田に墜落した。エンジンの不調のほか、天候不順や翼の結氷などの悪条件も重なったのが原因とみられている。

 陸軍の将官が殉職するという極めて大きな事故に、当時の新聞は「宝蔵寺中将ら六名、壮烈なる殉職を遂ぐ」「無気味な爆音、突如空中分解」との見出しで大きく報じた。

 しかし、80年が経過し、事故を知る人は地元でもほとんどいないという。2人は「このままでは事故が忘れ去られてしまう。身近にも戦争に関わる大事件があったことを若い世代に伝えねば」と事故の詳細を記事にまとめようと決心。墜落現場近くの家を1軒ずつ回り、目撃者の証言を得た。

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