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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】復刊した名著が突きつける「日本人が失ったもの」

名著「昭和精神史」。左は長らく絶版となっていた文春文庫版、右は今夏に復刊された扶桑社版
名著「昭和精神史」。左は長らく絶版となっていた文春文庫版、右は今夏に復刊された扶桑社版

 敗戦後の日本と日本人に違和感を覚える人が、そのことについてもう少し突き詰めて考えてみようとするなら、文芸評論家の桶谷秀昭さんが平成4年に文芸春秋から刊行した『昭和精神史』は必読の書であると私は信ずる。

 《私は、昭和改元の年から敗戦期までの日本人の心の歴史を描かうとしてゐる。/それを文学史でもなく、思想史でもなく、あるいはまた思潮史でもなく、精神史と呼ぶのは、この時代に生きた日本人の心の姿を、できるだけ具体的に描きたいからである》と同書で桶谷さんは宣言する。その言葉通り、同書が対象とするのは改元から、新憲法公布、国語体系の破壊をもたらす現代かなづかいの制定、米国式6・3・3制の新学制が予告されるなど、“戦後”現象の芽が出そろった昭和21年まで。桶谷さんは新聞記事や文学作品など膨大な記録を渉猟し、かつ7年生まれの自身の記憶・体験を踏まえながら、社会を覆う空気、すなわち日本人の思念や感情のありようとその変化を大河の流れのごとく、かつ具体的に記し考察する。

 毎日出版文化賞を受け、平成8年には文庫化された名著だが、いつのまにか絶版となり、古書市場では高値が付けられるようになってしまった。「ほんに昭和は遠くなりにけり」と、私はなかば諦めの気持ちでわが国の現実を受け止めていた。ところが心ある出版人がいた。今夏、扶桑社がこれを復刊してくれたのだ。さっそく手に取り、全20章からなる同書の18章「最後の出撃」、19章「降伏と被占領の間」、20章「春城草木深し」、そして出版人の書いた序文、哲学者の長谷川三千子さんが寄せた心のこもった解説を丹念に読んでみた。

 《この作品のうちに、ただひたすら没入し、沈潜し、そこにひびく静かな旋律に耳をかたむける……。するとそこから、現在のわれわれが何を失つてしまつたのかが、自から明らかになつてくるであらう。その喪失を、とことん腹の底から思ひ知ること以外に、日本の再生への道はない》

 長谷川さんの言葉に深く共感しながら、1章からページを繰り始めた。

「本土決戦をすべきだった」

 桶谷さんというと、真っ先に思い出すのは、評論家の西尾幹二さんが主宰する「路(みち)の会」という勉強会で遭遇した出来事だ。

 その日、どういう脈絡だったのかすっかり忘れてしまったが、出席していた桶谷さんが、「本土決戦をすべきだった」と、静かではあるが決然とした口調で発言したのだ。西尾さんをはじめ参加者の表情がその瞬間凍りついたことを鮮明に覚えている。

 現実には本土決戦はあった。沖縄を「本土」と呼べるのなら、の話ではあるが。日本人の多くがそうとらえず、同朋意識を基盤とした共感を沖縄の人々に寄せなかったため、「沖縄問題」はこじれにこじれ、現在に至ってしまったと私は考えている。その問題はここではおいておく。

 読者がご存じのように、本土決戦(沖縄戦)は昭和20年3月26日に始まり6月23日に組織的戦闘が終結したとされる。大本営は沖縄戦でできるだけ時間を稼ぎ、「本当の本土決戦」に備える計画だった。米軍との死闘で、沖縄守備軍約9万人が玉砕、非戦闘員の島民約10万人が犠牲となった。北陸の山村で農作業に従事していた13歳の桶谷少年は、竹やりで侵入軍と一戦を交えて死ぬつもりで、静かにそのときを待っていた。桶谷さんは同書のなかにこう記す。

 《本土決戦といふのは、一億総特攻の思想であり、日本国民の生命のすべてを挙げるだけでなく、日本列島そのものを特攻とする思想である。/これは戦術とか作戦構想の名にあたひするであらうか。それは戦法といふよりは心法である》

 しかし、都市への度重なる空爆と2発の原爆によって、わが国は「本当の本土決戦」をすることなく降伏した。8月15日の玉音放送は、桶谷少年の覚悟を意味のないものとし、ただただ茫然(ぼうぜん)自失とさせた。自分の死を賭した覚悟が意味のないものになった直後に安堵(あんど)したとすれば、その覚悟は偽物だったということだ。本物なら、茫然自失とならざるをえないはずだ。

 戦後、わが国は目覚ましい経済復興を遂げ、国民はこれまでに経験したことのない物質的豊かさを享受するようになる。このなかで桶谷さんは「本当の本土決戦」を回避したことで日本人が失ったものに思いをはせる。こうして書き上げたのが『昭和精神史』だ。

茫然自失と「天籟」 

 同書をめぐって語るべきことは多い。今回ここに書いておきたいのは、桶谷少年だけでなく、多くの日本人が玉音放送を聴いた直後に茫然自失となったという厳然たる事実についてだ。桶谷さんはこう記す。

 《何か別の存在への屈服が、“茫然自失”の瞬間に起つた。その心の状態が、占領政策にたいする無関心を生んだ。従順は無関心のあらはれにすぎない。私にはさう思はれる。別の存在とは「天籟(てんらい)」のことである》

 「天籟」とは『荘子』の言葉。厳しい修行の果てに初めて聞きうる「抗(あらが)いがたい天(自然)の声」とでも言えばよいか。明治維新以降、度重なる戦争に翻弄され、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、ついには「本土決戦」で死を覚悟していた日本人は、玉音放送の直後にこれを聞いたと桶谷さんは言うのだ。

 フランスの思想家、シモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵(おんちょう)』(田辺保訳)にこんな一節がある。

 《恩寵は充(み)たすものである。だが、恩寵をむかえ入れる真空のあるところにしか、はいって行けない》

 《報いがどうしても要る、自分が与えたと等価値のものをぜひとも受けとらねばという気持ち。だが、そういう気持ちを無理にもおさえつけて、真空を生じさせておくと、なにか誘いの風みたいなものが起こって、超自然的な報いが不意にやってくる》 

 「天籟」と、カトリックに傾斜していたヴェイユのいう「恩寵」が同じものとは決して思はないが、その瞬間に茫然自失となった日本人が、自身の内部に真空を生じさせていたことだけは間違いない。

 75年前の夏、多くの日本人はそんな稀有(けう)な体験をしたはずなのだ。自分を満たすことしか考えなくなった現代の日本人よ、損得抜きにこの部分だけでも読んでくれないか。自戒をこめつつ本気で訴える。

(文化部 桑原聡)

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