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醸造から創造の場へ 街の記憶をつなぐ「弘前れんが倉庫美術館」の仕掛けとは…

シードル・ゴールドの屋根が輝く弘前れんが倉庫美術館 (C)?Naoya Hatakeyama
シードル・ゴールドの屋根が輝く弘前れんが倉庫美術館 (C)?Naoya Hatakeyama
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 青森県弘前市で7月11日、「弘前れんが倉庫美術館」が本格オープンした。明治・大正期の近代産業遺産であるレンガ倉庫群を耐震補強して改修し、現代美術館に生まれ変わらせたもの。手掛けた建築家の田根剛さん(40)は「記憶の継承」を命題に、あえて「新しくしない」ことに心を砕いたという。コロナ禍はいまだ人の行動に制限をかけるが、この地でしか出会えない建築とアートが待っている。  (文化部 黒沢綾子)

リンゴとともに

 JR弘前駅から20分ほど歩くと、陽光に輝くゴールドの屋根、そして赤レンガの重厚な壁が見えてくる。

 広い芝の前庭では、くつろぐ親子の姿。コロナの影響で当初4月だった開館は大幅にずれ込んだが、地元市民ら限定で6月から先行オープンしていた。感染拡大防止のための措置とはいえ「基本は市民のための場なので、先に見てもらうのが本来あるべき順序。結果的にそれはそれでよかった」と田根さんは話す。

 およそ100年前、西洋の技術を取り入れてレンガを焼き、職人が一つ一つ積み上げてつくった建造物だ。地元の実業家、福島藤助(1871~1925年)が酒造工場として建てたもので、「仮に事業が失敗しても、建物が地域の将来のために役立つように」と木造ではなくレンガ造りを選択したという。

 戦後は地元名産のリンゴを使い、シードル(リンゴ酒)を日本で初めて大々的に生産。そもそもレンガ倉庫が建つ前、この地にはリンゴ農園があったそうだ。

 1960年代半ばに醸造工場としての役目は終えたものの、「吉野町煉瓦(れんが)倉庫」として弘前の風景を形作り、市民に親しまれてきた。再生を願う声が高まる中、2000年代には弘前出身の世界的アーティスト、奈良美智(よしとも)さん(60)の展覧会が市民ボランティアらの手で3度開催され、のべ計15万人以上が訪れるなど大きな話題に。2015年、弘前市は芸術文化施設として整備するため同倉庫を取得。コンペにより、パリを拠点に活躍する田根さんが改修を担当することになった。

「新しくしない」

 軍用滑走路跡地と博物館を接続し、重い歴史を未来につないだ出世作「エストニア国立博物館」(2016年開館)で知られる田根さんが、日本で初めて手掛ける美術館だ。

 「先人がつくった建物とその精神を受け継ぎ、未来へつなぐにはどうすべきか。こう言うと変ですけど、『新しくしない』ことに意識を集中させました」

 古い建築を改修し一新させる例はめずらしくはない。が、保存修復の部分にここまで力点を置く例はめずらしい。「このレンガ建築はもう二度と、つくることはできない」と田根さんは強調する。

 最も神経を使ったのは材料の研究や選定、使い方だという。「当然、建造時の資料はない。材料も当時のように手作りではなく工業製品になるので、どうしても平坦(へいたん)に見えてしまう。床面などに新しく使うレンガが全体と違和感なくなじむよう、焼き加減や色など職人さんに何度も調整してもらったり…」

 内壁を覆っていた漆喰(しっくい)ははがされ、古いレンガ壁があらわになった。また、柔らかく、揺れに弱いレンガの建物の保存には耐震補強が必須だ。鉄骨フレームでレンガ壁をがっちりと囲み、構造ではなく装飾にしてしまう方法が大半というが、今回は高さ9㍍から鋼棒を等間隔にレンガに串差すなど高度な補強技術により、レンガ壁をそのまま保存できたという。

 もちろん美術館に再生するにあたり、変えたところも。例えばレンガをアーチ状に積んだ、匠の技が光るエントランス。そして何よりも屋根だ。老朽化し壊さざるを得なかった鉄板の屋根を、雪国でも錆(さ)びにくく軽いチタン製に変え、色も象徴的な「シードル・ゴールド」とした。うろこ状に菱葺(ひしぶ)きにしているため、光が乱反射する。「光の入射角により朝から夕まで、シードルが醸造するかのようにゆっくりと色が変わっていく」と田根さん。月夜の下では柔らかく輝くそうだ。

ここにしかない体験を

 美術館は2階建て、延べ床面積約3000平方メートル。5つの展示室やスタジオ、ライブラリーなどを備え、別棟にはシードル工房を併設したカフェ・ショップもある。

 美術館エントランスでは奈良さんが市民に捧げた作品「A to Z Memorial Dog」(2007年)が出迎えてくれる。開館記念展「Thank You Memory-醸造から創造へ」は国内外のアーティスト8人による、弘前の街や今回の改修から着想を得た作品を展示している。

 吹き抜けの大空間には、タイ出身のナウィン・ラワンチャイクン「いのっちへの手紙」。いのっちとは、この地で出土した4000年前の「猪形土製品」らしい。作家は弘前市民30人以上から聞き取り取材をし、ねぷた型のパネルに人々の顔や街の歴史を描いた。また中国在住の尹秀珍は、古着を使った代表作「ポータブル・シティーシリーズ」の弘前バージョンを制作。弘前市民から古着100着の提供を受け、“持ち運べる”都市風景を縫い上げた。とっつきにくいと思われがちな現代アートも、「わが街」と結びつくことでぐっと身近になる。

 決して大きな美術館ではない。ただ土地の記憶を伝える、ここにしかない建築とアートがある。「新しいものだけが未来をつくるのではない。記憶こそが未来をつくることができる」。田根さんはそう確信する。

 「Thank You Memory」展は9月22日まで。観覧料は一般1300円、大学生・専門学校生1000円。火曜休館(祝日の場合は開館し翌日休み)。

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