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【一聞百見】ユーチューブで「癒やしの法話」 作家・僧侶、家田荘子さんの思い

「笑ってください」と語り掛ける家田荘子さん=大阪市浪速区(薩摩嘉克撮影)
「笑ってください」と語り掛ける家田荘子さん=大阪市浪速区(薩摩嘉克撮影)
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 新型コロナウイルスが私たちの日々の暮らしを大きく変えている。不安やとまどいが広がるなか、モノ言う人も増えている。ノンフィクション作家で僧侶の家田荘子さんもその一人。高野山本山布教師の資格を持つが、春以降、法話や講演などの活動がすべて中止になった。一方で「こんなときこそ法話を」と癒やしを求める声も多く、ユーチューブでチャンネルを開設し語り始めた。自身、米国に住む娘が新型コロナに感染、図らずも感染者の家族になった実体験も打ち明けている。

(聞き手・山上直子編集委員)

■米在住の娘がコロナに感染

 「突然メールが届いたんです。せきがひどくて苦しい苦しいって」。家田さんが耳の病気で飛行機に乗ることができなくなって以降、長らく米国に暮らす娘とは会っていない。「それが、皆の幸せを祈っている、日本にいるおじいちゃん、おばあちゃん(家田さんの両親)によろしく-なんて書いてある。もうびっくりして。一時、覚悟を決めました」

 聞くと、仕事もできず自宅で酸素マスクを使いながら隔離生活を送っていたという。せめてと思い、生活費を送ったところ…。「現金を受けてゲンキン! その後、回復しました。ほっとしましたけれど」。そう苦笑する家田さんの生活も変わった。「書くこと以外の仕事はすべてとまりました。でも、こんなときだからこそ癒やされたいのにね、って声を聞いて、ああそうかと」

 一念発起し、5月からユーチューブで「ココロの法話」を始めている。「誹謗(ひぼう)中傷やいじめを乗り越える方法」「人間関係で悩んでいる方へ」など、テーマはより具体的だ。しっかりと前を見つめ、「心が曇るときもある。そんなときは笑ってください」と力強く語り掛ける。5分ほどのミニ法話で、「自宅で簡単『徳』を積む方法」「写経のやり方」など親しみやすい。

 「家庭内の暴力が増えています。会えないことやお金がないことで別れがやってくることもあります。弱い立場の人ほど苦しい。政治家の給料をみると、格差がありすぎますね。こういうときくらい削減してみてはどうでしょう。会社が赤字ならボーナスも減ります。税収が減ったら減らすべきではありませんか?」。ごもっとも。最近、腹立たしいことがあったとか。「新幹線でマスクをしない人がいて、ゲームをしていたので『ご協力いただけませんか』と紙に書いてみせると怒りだした。コロナによって、思いやりというものが見えてきましたね。心が足りない。そう思います」

■いじめ体験から女優めざす

 家田荘子さんといえば思い浮かべるのは「極道の妻(つま)たち」(通称「極妻」)だろうか、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した「私を抱いてそしてキスして-エイズ患者と過した一年の壮絶記録」だろうか。独自の感性でつかんだテーマを徹底的に取材し、出版したノンフィクション本は常に話題になってきた。

「極妻」がヒットし何度も映画化されるなど注目を集めた
「極妻」がヒットし何度も映画化されるなど注目を集めた
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 でも、最初から作家になりたかったわけではない。少女時代にいじめにあい、「芝居なら明るくすてきな女性になれる」と女優をめざした。文章を書き始めたのも、カメラマンの目に留まれば女優への道が開けるかもしれないと思ったからだ。「私、性格が暗いんです」と苦笑する。「(いじめ体験は)今もトラウマになって残っています。いろいろなことを乗り越えてきた私なのに、まだいじいじしているのは自分でもおかしいと思いますけれど、だから言いたくても言えない体験があって、何事もなかったように笑って生きている人の苦労話を聞いて人に伝えさせていただける。つながっているんですね」

 明るい話や成功談は自分でなくてもいい、暗い話が自分にできる仕事という。「ノンフィクションはすきま産業なんです。だれもやらないことを書かなければ意味がない」。作品が話題になってもまた、さまざまなバッシングを受けた。アルコールアレルギーのため酒を飲まず、口下手で人付き合いも苦手だった。女優の道をあきらめたのは、「極妻」を原作にした映画「極道の妻(おんな)たち」に出演したときのこと。五社英雄監督に「才能ないね」といわれ、ようやくあきらめたそうだ。

 それでも、書くという表現ができるチャンスを与えられたことはよかったと思っている。一方でノンフィクションは小説などに比べて恵まれない仕事だとも。「書店さんでも脇の方に置かれてしまうし、取材もたいていは自費。取材を終えても本にしてもらえるとはかぎらない。ストレスの多い仕事です」

 「私を抱いて-」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したとき、実はもう10年のキャリアだった。ところが新人扱いされ、「極妻の家田です」と言わないとわかってもらえない。「それがストレスになりました。賞をいただいてやっと作家として認めていただけたのかなと思いましたが、それからもたいへんでした。ただ、時代(のニーズ)と作品が一致することってめったにない。その意味では恵まれていたと思います」。まだまだ男社会だった時代。好きなミニスカートをはくとたたかれ、スーツを着ると色が派手だとたたかれた。「当時は作家はスーツを着るもの、ライターはジーンズをはくもの、なんて言われたものです」。

(次ページは)歩くお寺になって人の中へ…

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