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メジャー強行から12年 ワールドシリーズも制した田沢が日本独立リーグへ

日本の独立リーグに入団し、記者会見する田沢純一=埼玉県熊谷市
日本の独立リーグに入団し、記者会見する田沢純一=埼玉県熊谷市

 プロ野球が若きホープの米メジャー流出に強い危機感を抱いたのは2008年秋だった。新日本石油ENEOS(現ENEOS)の田沢純一投手がドラフト指名を拒否して米大リーグ挑戦を表明。慌てた日本球界は「ドラフトを拒否した選手は海外の球団退団後、高卒は3年間、大学・社会人出身は2年間、日本のプロ野球(NPB)でプレーできない」という“ペナルティー”を課すことを申し合わせた。通称「田沢ルール」から12年。海の向こうでワールドシリーズ制覇に貢献するなど、大成功を収めた田沢が日本の独立リーグに入団し、帰ってきた。

 スーツ姿の田沢は13日、埼玉県熊谷市で行われた記者会見に落ち着いた様子で姿を見せた。入団したのは独立リーグ「ルートインBCリーグ」の埼玉。今年3月にマイナー契約していたレッズを自由契約となった右腕は「(新型コロナの影響でマイナーリーグが今季中止となり)野球がやれる場所がない中で、オファーをもらって素直にうれしかった」と笑顔も見せた。

 2008年、日本のドラフト指名を拒否して米大リーグのレッドソックスと契約。セットアッパーとして活躍し、13年には上原浩治とともにチームのワールドシリーズ制覇に貢献した。その後もマーリンズやエンゼルスなどを渡り歩き、通算388試合に登板して21勝26敗4セーブ(防御率4・12)。夢を追った若武者がメジャーの舞台でしっかりと実績を残した。

 しかし、19年からはマイナー暮らしが続き、今春からはコロナ禍もあって新たな所属先が決まらず、帰国して神奈川県内で自主練習を積んでいた。そんな中、埼玉の角晃多GM兼監督が熱心にオファーを出したことで、入団合意に至った。

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