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和歌山城が名城たるゆえん 石垣、赤く塗られた門

和歌山城の天守閣と日本城郭史学会委員の水島大二さん=和歌山市
和歌山城の天守閣と日本城郭史学会委員の水島大二さん=和歌山市
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 豊臣秀吉が築城場所を選び、徳川幕府8代将軍・吉宗が城主を務めたことで知られる和歌山市の和歌山城。新型コロナウイルスの影響で4月18日~5月21日の約1カ月間、壮麗な天守閣への立ち入りが禁止されたが、再開後は観光客も戻り始めている。公益財団法人日本城郭協会の「日本100名城」に数えられる和歌山城を、市在住で日本城郭史学会委員の水島大二さん(73)と巡り、改めて必見ポイントを聞いた。

(西家尚彦)

白亜の天守閣

 和歌山城は安土桃山時代の16世紀後半に豊臣秀吉が雑賀衆や根来寺など紀州の抵抗勢力を平定し、威光を示すため和歌山市の虎伏(とらふす)山(標高約49メートル)を敷地に選んで築城を計画したのが始まりとされる。城作りの名人・藤堂高虎(とうどう・たかとら)も築城に携わり、以降も城主による改築が重ねられた。

 「一番の見どころは何といっても徳川家を象徴する白亜の天守閣でしょう」。観光バスの駐車場がある西の丸跡から天守閣を見上げた水島さんが言う。

 壮麗な漆喰(しっくい)の白壁の天守閣が誕生したのは、江戸時代の寛政10(1798)年とされる。その後、江戸時代に落雷で焼失し、再建。昭和20年の和歌山大空襲でも焼け落ちたが、33年に鉄筋コンクリートで再建され、今は市のシンボルになっている。

 「戦後に再建された天守閣だが、江戸期の再建時の綿密な設計図や空襲前の写真が数多く現存。かつての天守閣が忠実に再現され、芸術作品のようです」と水島さん。こうした点が名城として評価の高い理由だ。

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