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【追悼】作曲・編曲家、服部克久さん 大阪がルーツの2代目 国民栄誉賞の父のDNAは子、孫に

亡くなった作曲・編曲家の服部克久さん。ルーツは大阪にあった=平成25年10月、東京都世田谷区の自宅(野村成次撮影)
亡くなった作曲・編曲家の服部克久さん。ルーツは大阪にあった=平成25年10月、東京都世田谷区の自宅(野村成次撮影)
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 昭和30年代のテレビ草創期から番組を音楽で彩り、ヒット曲のアレンジも数多く手掛けた作曲・編曲家の服部克久(はっとり・かつひさ)さんが6月11日、亡くなった。83歳だった。フジテレビ系「ミュージックフェア」、TBS系「新世界紀行」のテーマ曲など、数多くの曲を世に送り出し、谷村新司さんの「昴-すばる-」などの編曲も担当した。東京生まれでフランス留学の経験もある服部さんだが、そのルーツが大阪にあることは意外に知られていない。

受け継いだ国民栄誉賞のDNA

 「大阪は父親が生まれ育った場所。服部家のルーツであり、大阪に来ると自然と気持ちが和む。ステージとお客さんの間の距離感が近く、やりとりも楽しい」

 生前にこう語っていた服部さんの父親とは「別れのブルース」(昭和12年、歌・淡谷のり子)「青い山脈」(昭和24年、歌・藤山一郎、奈良光枝)など昭和の大ヒット曲を生み出した希代の作曲家、故服部良一さんだ。平成5年の没後に国民栄誉賞を受賞した。

服部良一さん 
服部良一さん 
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 良一さんの音楽人生のスタートは大正12年9月、大阪・道頓堀のうなぎ屋「出雲屋」が宣伝のために結成した「出雲屋少年音楽隊」への入隊。ジャズに親しむ一方、作曲家としての基礎を大阪で身につけて25歳のときに上京した。

 そのDNAは脈々と受け継がれ、服部さんの長男はTBS系ドラマ「半沢直樹」「ノーサイド・ゲーム」などの音楽を担当した作曲・編曲家の服部隆之さん。孫の百音(もね)さんはバイオリニストだ。

大阪的なる「サービス精神」

 服部さんに「大阪」について話を向けると、「『サービス精神』が大阪的というのであれば、それは私たち服部家の人間の音楽活動に共通しているのかもしれない」と指摘した。

 というのも「客を喜ばせてナンボ」という意識が心の奥底にあった。良一さんが「村雨まさを」の名で作詞もした「買い物ブギー」(昭和25年)はその典型という。歌詞は大阪弁で、「笠置シズ子さんにまず東京の日劇で歌わせ、観客の反応を見てから、『おっさん』『これなんぼ』『ワテほんまによう言わんワ』のフレーズの回数を決めて録音した。ただ喜ばせたい一心にね」と、服部さんはうれしそうに話した。

(次ページは)音楽一家の2代目として…

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