PR

ニュース プレミアム

江戸時代のブランド綿再興 絶品オーダーシャツで発信

 江戸時代から明治時代にかけ、全国的に知られたブランド綿があった。鳥取県西部で栽培が盛んだった伯州綿(はくしゅうめん)。日本中で栽培されていた在来種の綿(和綿)が明治以降、安い外国産に押され、現在の国内自給率がほぼ0%となる中、伯州綿の再興を目指す同県境港市で、地域おこし協力隊員の仲里心平さん(37)が伯州綿の魅力を発信しようと活動している。手始めに伯州綿を使ったオーダーシャツを製作。仲里さんは「伯州綿のシャツは素材からの日本製。これからも生産者の顔が見える洋服を作りたい」と話している。

自宅兼作業場で伯州綿を使用したシャツを作る仲里心平さん=鳥取県境港市
自宅兼作業場で伯州綿を使用したシャツを作る仲里心平さん=鳥取県境港市
その他の写真を見る(1/4枚)

北前船で全国に

 伯州綿は、江戸時代から県西部の弓浜(きゅうひん)半島(弓ケ浜半島、米子市~境港市)で栽培されていた。繊維が太く、弾力性が強いのが特徴だ。日本海側の回船「北前船」で各地に運ばれ、鳥取藩の財政を支える特産品だった。

 地域は国内有数の綿の産地だったが、明治以降、海外から輸入される安い綿に押され、衰退した。

繊維が太く、弾力性が強いという伯州綿
繊維が太く、弾力性が強いという伯州綿
その他の写真を見る(2/4枚)

 境港市は平成20年から、復活を目指して休耕地を活用した取り組みを開始。地域住民らと協力し、農薬や化学肥料を使わない、自然環境に配慮した栽培を行っている。

 市農政課によると、今年は1ヘクタールで栽培し、収穫量は約500キロを見込む。市内で生まれた新生児には伯州綿で作った「おくるみ」、100歳を迎えた人には「ひざかけ」を贈呈し、地域資源の振興を図っている。

 この伯州綿にひかれたのが仲里さんだった。

素朴な風合いに興味

 仲里さんは横浜市出身。大学卒業後、東京の服飾専門学校で洋裁を学んだ。山梨県の織物会社で職人として働いているときに和綿と出合い、素朴な風合いに興味を持ったという。

 そして、和綿を調べる中で伯州綿を知り、境港市の地域おこし協力隊員に応募。同市に移住し、平成29年9月から同隊員として活動を始めた。

 仲里さんは市内の畑で、境港市農業公社と伯州綿を栽培。伯州綿の歴史を紹介するホームページを立ち上げたり、小学校で児童の種まきを手伝ったりするなど、さまざまな機会を通して魅力を発信してきた。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ