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【一聞百見】文化が止まった この状況「伝えなアカン」 劇作家・演出家 わかぎゑふさん

相次ぐ公演中止に「ただただ、ポカーンとしていました」と話すわかぎゑふさん=大阪市浪速区(南雲都撮影)
相次ぐ公演中止に「ただただ、ポカーンとしていました」と話すわかぎゑふさん=大阪市浪速区(南雲都撮影)
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 「芸能復活ののろしを!」。ウイルス禍で自粛を余儀なくされていた演劇界で、真っ先に動き出したのはやはりこの人だった。劇作家で演出家のわかぎゑふさん(61)。6月1日、大阪市内の山本能楽堂で開かれた一夜限りの公演「息吹の寿ぎ」を手掛けた。大阪をはじめ7都府県に緊急事態宣言が発出されて2カ月近く。相次ぐ公演中止から、リモート活用の模索、そして復活の第一歩へ-。かつてない体験を経て演劇の今後に思考を巡らせる、わかぎさんに話を聞いた。

(聞き手・山上直子編集委員)

■復活の第一歩

 「まさしく、全滅、ってイメージでしたね」。新型コロナウイルスで演劇界が受けた影響は、と問いかけると、そんな言葉が返ってきた。「最初は私たちのような小劇場が一番打撃を受けるんだろうなと思っていたんですが、東宝が、宝塚がと、あれよあれよという間に日本中の演劇が止まってしまった。今まで一度も経験したことのない事態です。ショックとか悲しいとかではなく、ただポカーンとしていました」と苦笑する。なくなった仕事を聞いてみると…。

 「3月の朗読劇でしょ、4月の公演、5月も7月も…あ、6月の東海市芸術劇場での演劇も延期になりました。これは今のところ秋に延びる見通しですが、来年や再来年になったものもあります」。演劇の場合、会場や出演者の都合があって単純に数カ月先に順延というわけにはいかない。例えば、4月に予定していた一つの脚本を芝居と狂言で上演する「わ芝居」企画「サヨウナラバ」(脚本・演出、わかぎゑふ)。来年ではなく、2年後の令和4年に延期という。出演する狂言師のスケジュールがそれまで埋まっているからだ。では、わかぎさん自身は?

 「最初の2週間はずっと中止のお知らせやチケットの払い戻しなどの事務作業に追われていました。ようやく落ち着いたなと思ったら、次はあちこちから『リモート会議やりませんか』というお誘いが。ひまになるだろうと思っていたのに。リモートの映り方はうまくなったかな」と笑う。一方で心に刻んだこともあった。「この状況を『覚えておこう』『伝えなアカン』とも思いました。お芝居でいうと、東日本大震災の後にもお客さんの動向が変わりました。今回もきっと変わるでしょう。どう変わるかはまだわかりませんが…」

6月1日に開かれた無料公演「息吹の寿ぎ」で朗読する劇団「リリパットアーミーII」。中央がわかぎさん=大阪市中央区の山本能楽堂
6月1日に開かれた無料公演「息吹の寿ぎ」で朗読する劇団「リリパットアーミーII」。中央がわかぎさん=大阪市中央区の山本能楽堂
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 1日夜の公演は、いわゆる「新しい生活様式」を踏まえての実施となった。同い年で仲がいい歌舞伎俳優の中村鴈治郎さんと「一日だけのろしを上げよう」と計画したものだ。文楽、狂言、落語など各界のそうそうたるメンバーが集まったが、言いたかったのはこういうことである。「なんでいま皆がここにいることができるのか、わかります?ってね。みんなヒマだったんです。つまり、いかに文化が止まっていたのかってこと。それをわかってくださいという公演なんですよ」

■文化は国力。日本、やべえな

 ウイルス禍のさなか、最初に電話取材をしたときにちょっとした文化論になった。脚本、演出、エッセーとマルチに活躍するわかぎゑふさんいわく「私たちは江戸時代に熟成された日本文化の貯金を使い果たしたんじゃないか」という。

 「例えばお花見。今日、お花見に行くから桜の色に合う服を着ていこう、などと考えることも一つの文化だと思う。今は何を着ようが花見、なんだよね。花見に行くための準備の喜びとか、そういうものはないんかい、と思うんです」。要は、花見に行くことだけが文化ではない。日本人の暮らしの中に文化はあったというのだ。「お芝居や歌舞伎を見るのもそう。見ることだけが文化じゃない。夏だからこんな音楽を聴こうとか、冬だからこんな色を着ようとか。生活の中に季節や行事があって、それを感じて“切り取る”ということが今はなく、日常すべてが、べたーっとしたものになっているんです」

(次ページは)観客も芝居の在り方も変わる…

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