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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】コロナ禍を撃ち抜く南仏詩人の言葉

青土社から刊行された『ルネ・シャール全集』
青土社から刊行された『ルネ・シャール全集』

美しい本は手元に置きたい

 美しい本が好きだ。内容と装丁・造本が響きあう本はどうしても手元に置きたくなる。還暦を迎えたときに蔵書の大部分を処分し、いったん身軽になったものの、またぞろ本は居住空間を侵食し始めた。

 何を美しいと感じるかは人それぞれだろうが、私の好みをいえば、たとえば歌人でありノンフィクション作家だった故辺見じゅんさんが創設した幻戯(げんき)書房が昨年から刊行を始めたルリユール叢書(そうしょ)だ。知られざる名作から異端まで、世界各国の小説・詩・戯曲・エッセー・伝記・評論などジャンルを問わず紹介してゆくシリーズだ。フランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌの『呪われた詩人たち』、スペインの思想家、ミゲル・デ・ウナムーノの『アベル・サンチェス』、アメリカの作家、フランク・ノリスの『マクティーグ』…。知る人ぞ知る、かなり渋いラインアップである。

 同叢書の「発刊の言」がとてもよい。一部を抜粋しよう。《本はまた、ページを開かないときでも、そこにあって固有の時間を生みだすものです。試しに時代や言語など、出自を異にする本が棚に並ぶのを眺めてみましょう。ときには数冊の本のなかに、数百年、あるいは千年といった時間の幅が見いだされるかもしれません。そうした本の背や表紙を目にすることから、すでに読書は始まっています》

 そんな同社のこだわりを形にした洒脱(しゃだつ)な装丁がとても好ましく、どうしたって本棚に並べたくなってしまう。読むのは「いつか」。それでかまわないと思っている(読まないまま死ぬ可能性は高いが…)。

 そんな私のもとについ最近、とてつもなく美しい本があらわれた。『ルネ・シャール全集』である。心がささくれだったときにはゆっくりと詩を読むとよい、経験的にそう信じている。長い巣ごもり暮らしのなかで、まさに心がささくれだったときに出合ったのがこの本だった。箱のデザインといい、造本といい、このご時勢によくぞここまで贅を尽くした本を出したものだ。つい興奮して版元の青土社に電話をかけ、担当編集者に「刊行は快挙」と感想を伝え、訳者の吉本素子さんの連絡先を教えてもらった。

明るく暖かい南仏の詩人

 吉本さんは21年前に青土社から『ルネ・シャール全詩集』を刊行、それを土台に、ランボー、カミュ、ハイデッガー、ブラック、ピカソ、ジャコメッティらに関する評論を含む「基底と頂上の探究」、戯曲のすべてを収録した「木蔭での開幕の合図」を新たに訳出して今回の全集を完成させた。960ページの大著だ。

 「シャールの詩を訳し始めたのが28年ほど前。紆余曲折があって、やっとここに全集という形で、シャールの全貌を紹介することができました」と吉本さん。

 さて、今回の主役であるルネ・シャールについて紹介しておこう。1907年に南仏のリル=シュル=ラ=ソルグに生まれた詩人である。20歳で最初の詩を発表し、1988年に80歳で亡くなるまで、韻文詩、散文詩、演劇の脚本などを書き続けた。第二次世界大戦下、ナチス・ドイツに占領されたフランスでレジスタンス運動に身を投じ、アレクサンドルという偽名で指導的役割を果たした。1957年にノーベル文学賞を受けたアルベール・カミュは記者会見で「称賛に値する同胞作家は?」と尋ねられ、即座にシャールの名を挙げた。

 シャールの作品は、アフォリズム風の文体を特色とする。レジスタンス運動の体験が刻まれた「イプノスの綴(つづ)り」(1946年)からいくつか例を挙げよう。

 《結果の轍(わだち)で、ぐずぐずするな》

 《行為は純潔だ、たとえ繰り返されても》

 《明晰(めいせき)さは、太陽に最も近い傷だ》

 《おまえが、もはや、悲しみの結晶しか持たないのは、悲しみに酔っている時だ》

 映画化もされた平野啓一郎さんの小説『マチネの終わりに』にこんな一節がある。

 《(天才ギタリストの)蒔野は特に、初めて読んだルネ・シャールの詩集にのめり込んだ。ブーレーズの曲で、存在だけは知っていたが、難解なアフォリズム風の詩句が並ぶその本は、たちまち傍線と書き込みとで溢(あふ)れ返った。/彼は特に、《イプノスの綴り》の中の次のような謎めいた一文に心を奪われていた。/〈明晰さとは、太陽に最も近い傷だ。〉/その言葉は、閃光(せんこう)のように彼を貫き、いつまでも強い印象を残していた》

 「イプノス」とは「眠りの神」のことで、シャールはこの名をゲリラ活動の通信に使った。フランスの作曲家、指揮者であるピエール・ブーレーズの代表曲「主のない槌」は、シャールの詩から生まれた。

 吉本さんはシャールの魅力についてこう述べる。

 「同時代のサミュエル・ベケットは孤独、パウル・ツェランなら凄絶(せいぜつ)という言葉が浮かびます。ところがシャールは明るく暖かい。自然の生命力あふれる南仏の風土から生まれた詩人なのです。彼は物質主義に侵された時代を批判しつつ、同時に希望を語り続けました」

いまの世界を撃つシャールの詩句

 新型コロナウイルスの襲撃を受けた2020年、いまこの時、この世界を書いていると思わされるのが1951年に発表された「痙攣(けいれん)する晴れやかさに」だ。

 《私達にはガラスを割るほどの息が必要だ。しかし、私達にはとめておける息が必要だ》

 《「歴史」は過激な行動によって進むふりをするが、穏健さを熱愛している。だからこそ「歴史」は怪しげだが、衝撃的ではない》

 《私達は至高の絶望と空しい希望の時代、言語を絶する時代に近づいている》

 詩句の解釈は慎みたい。解釈とは散文化であり、それは詩句がはらむ内容を希薄化させることにほかならないからだ。私自身にもっとも深く突き刺さったのが次の詩句だ。

 《雨の日々はお前の銃を洗う。(武器、事物、言葉の手入れをすべきか? 柔軟さと嘘偽、火と犯罪的な火の区別をするすべを知らなければならない。)》

 これから梅雨の季節。巣ごもりの日々は続きそうだ。私は私の銃を洗おう。

(文化部 桑原聡)

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