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【石仏は語る】「笑仏」の微笑みに親近感 当尾笑仏三体磨崖仏(京都府木津川市) 

当尾笑仏三体磨崖仏
当尾笑仏三体磨崖仏
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 自然の石材を使い、なぜ石仏を刻むのか。石工たちは石に惹(ひ)かれて、彫手たちの感性をそこに表現したのです。野にある石仏の魅力には、心打たれるものがあります。石でなくても手近な素材はいくらでもあります。石でなければならない何かがあるとすれば、そこに民衆のあるべき姿があるのかもしれません。石工とされる「野の聖」らが、石を求めて石に頼り、石に託す技術の錬磨(れんま)が、後世に伝えようとしてきた表現を知ることも、魅力のひとつでしょう。

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 「当尾(とうの)笑仏三体磨崖(まがい)仏」。岩船「三大」の地名はこの石仏から出ており、数ある石仏の中でも、「笑仏」を見て、石仏に魅せられ、虜(とりこ)になった人たちが多いのではないでしょうか。一時の微(ほほ)笑(え)みも絶やさず、穏やかな何ともいえない親しみを感じる「笑仏」がある故です。

 山腹にはみだした巨岩を、これほど利用して造作した石仏はありません。来迎阿弥陀(らいごうあみだ)三尊仏。巨岩に大胆な横広い舟形を彫りくぼめ、その中に半肉厚な阿弥陀如来を彫り込んだ構成となります。複弁蓮華(れんげ)座に、両足を膝上にそろえて結跏趺坐(けっかふざ)し、円光背、上品上生(じょうぼんじょうしょう)の定印、膨(ふく)よかな肉取りは豊かであり、したがって口辺の表現が引き締まって、笑いかけるように見えるのです。同じように観音菩薩は蓮台をささげ、勢至(せいし)菩薩は合掌して、やはり微笑(ほほえ)みかけているのは、石工の個性を表現しているものとみられます。

 左下に「永仁七(1299)年二月十五日/願主岩船寺住僧/大工末行」の銘文があり、伊末行(いのすえゆき)の手になります。鎌倉初期に来日し、東大寺再興に当たった中国・宋の石匠、伊行末(いのゆきすえ)、行吉(ゆきよし)父子らが、大和一円に育てた一派の流れをくみ、脇にある地蔵菩薩石仏も鎌倉時代末期の伊行恒(いのゆきつね)の作風とみてとれます。

(地域歴史民俗考古研究所所長 辻尾榮市)

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