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【私と胸高鳴る人たち(3)】青木崇高が語る 「市川中車」に香川照之さんの覚悟をみた

画・青木崇高
画・青木崇高

 「香川照之」。一つ一つの作品におけるその圧倒的な存在感。どういった思考、感情からその演技は生まれるのか。面識すらなかった私は作品やインタビューをチェックし、著書をすべて読み込み、さらには姓名判断までして、「香川照之」のことを少しでも知ろうとしていた。「土下座の常務」「カマキリ先生」のもう少し前の話である。

 香川さんと共演することになったのは2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」であった。

 私が演じるのは土佐藩の上士、後藤象二郎、香川さんは地下(じげ)浪人、岩崎弥太郎。威圧的な態度で呼び出しては無理難題を押し付ける、いわゆる“ジャイアンとのび太”のような関係性だ。

 「青木、遠慮せずにどんどんやんな」。大河ドラマ初出演である私の緊張を察して香川さんが声をかけてくれた。頼りになる長兄的な性格、姓名判断は当たっているようだ。私は感謝の気持ちを持って弥太郎の胸ぐらをつかみ、罵声を浴びせ、時に目に指を突っ込ませていただいた。

 私のウィキペディアには、「龍馬伝では自身の撮影日の二倍は現場に行って収録を見学していた」とあるが、これは紛れもなく香川さんの演技を見るためである。どんな演技に対しても極上の形で応えてくれる、実に多くのことが勉強になった現場だった。

 「役者は現場がきつければきついほど目を輝かせてそのおいしい状況に飛び込むものだ」

 忘れてはいけない心構えだと私は胸に深く刻み込んでいる。

 そんな香川さんが2012年、ご子息とともに歌舞伎の世界に入ることになった。

 一度、稽古を拝見させていただいたことがある。化粧で眉をそっていたためか、疲労のためなのか、香川さんは信じられないほどやつれた顔をしていた。

 私は何も知らなかった、素人が歌舞伎の世界に足を踏み込むというのはどういうことなのか。のちに出版された香川さんの著書「市川中車46歳の新参者」(講談社)にはとんでもない苦労がつづられている。

 「むね、この齢(とし)でいろんなことを学べるのは幸せなことだよ」。香川さんは言った。私はまた胸に刻み込んだ。

 「襲名披露公演」の幕は開けた。乾坤一擲、代々続いてきた血筋に向き合い、責任を全うする。その瞬間を見逃すまいと私は劇場に何度も足を運んだ。

 「九代目市川中車」としての舞台、ご子息「五代目市川團子」との口上、そしてお父上「二代目市川猿翁」の登場、涙が止まらなかった。

 著書にこうある。「やらずに逃げる怖さは、やることの怖さを少しだけ上回ったならば、もうやるだけだ。進むも苦労、逃げるも苦労」

 私は人生にここまでの覚悟があるのか、自分自身に問う毎日である。

(俳優)

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