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【ザ・インタビュー】文化のない国の力は弱る 国文学者・林望さん新刊「おこりんぼう」

高校時代、ラグビーに親しんだ林望さんは、「昨年のW杯はほぼ全試合テレビ観戦した」という(七戸隆弘氏撮影)
高校時代、ラグビーに親しんだ林望さんは、「昨年のW杯はほぼ全試合テレビ観戦した」という(七戸隆弘氏撮影)
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 なぜだか、えらくお怒りだ。副題の「ひと言申し上げたい」というような穏やかさではない。アクション映画「ランボー 怒りの脱出」ならぬリンボウ先生怒りの講話。これほど過激な方でしたっけ?

 「頑固おやじの世直しエッセーをコンセプトに、わからずやを前面に出して書きました。偏屈には自信がありますから」

 オンライン取材の画面に映る表情は、柔和そのもの。ただ筆致は鋭い。クリスマスやハロウィーンの騒ぎを「日本人の文化的アイデンティティーの危機」と嘆き、喫煙場所がある羽田空港を「非国際的」と断じる。成人式で暴れる若者を滑稽と批判する一方、自治体には式典をやめてしまえ-と提言する。

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 「インターネット上で横行している卑しい言葉でののしる個人攻撃や、読んでイヤになることは書きたくなかった。一方で権威に迎合もしたくない。批判は一番難しい」として、一例にテレビ番組をあげる。「いくら何でもおかしいではないか、という番組もある。どこがくだらないかを、論理立てて考えてみてはどうか…という提案です」

 自由民権運動が華やかだった明治20年前後、世の不条理に憤慨する壮士(そうし)と呼ばれる演説家が出てきた。彼らの姿を引用、自身の似顔絵を重ねた表紙に、本書への思いをのせた。

 社会教育関係団体の会報に、平成30年12月まで6年間にわたって連載したエッセーを再編集した。毎日1時間の散歩のときなどに思いついたアイデアを、胸ポケットに入れた八つ折りのA4判用紙にメモ。「運転中に浮かんだ考えは、車を(信号など)止められる場所まで忘れないよう、ブツブツつぶやいていた」というほど、題材には困らなかった。その中から「インフルエンザが流行する冬の入試を避け、世界標準の9月入学を考えよう」や「農漁業がもうかる仕事になるべきだ」といった社会の仕組みを変える考察を、筋道立てて例示した。

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 食生活に関するエッセー「イギリスはおいしい」で作家デビューし、英国関連の著作も多いが、もとは国文学者。「ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録」や「謹訳平家物語」、小説、詩なども含め膨大な書籍を送り出してきた。「古典とイギリスものは入れるスイッチが別。違うテーマも並行して書き進められる」と器用だ。ただ古典は、調べ始めてから完成まで5年以上かかることもザラ。「ネットで調べコピペ(引用)で書いちゃう若い人もいるようだけど、学問の質が下がるんじゃないだろうか。やっぱり元の資料に当たらないと」

 効率がよくない研究、執筆の進め方は20代から。論文の数が増えなかったことが原因で、大学などの採用試験には6回も落ちたという。「お金もなく当時は苦しかったけど、作家になって多くの人に読んでもらう“修業”期間だったのかな-と今は思いますね」

 約7年前から、世阿弥の謡曲集の謹訳を手掛けている。難しすぎる能を、一般の人にわかりやすく伝えたいとの思いからだ。

 「能楽は危機にひんしている。もうからないのに、装束などで費用はかかる。文化的なことに理解があるパトロンのような人はいないし、金もうけにならないことは切り捨ててよいという政治家が多い。芸術・文化がない国の力は弱る一方ですよ。神代(かみよ)の昔から世界に冠たる文学を持っている国なのに、政治家ときたら…」

 文化的なことになると、壮士の熱弁には拍車がかかる。ただ、こんなおこりんぼうさんの存在は、心強い。

 【3つのQ】

蔵書は少しづつ手放している

Q家では食事当番だとか

食いしん坊なので3食作っている。カロリーに気をつけて野菜中心。妻がおいしく食べてくれる

Q下戸で得したことは

若い頃は睡眠3~4時間で研究していた。お酒を飲んでいたら、これほど本を書けなかったのでは

Q蔵書が2万冊もあるとか

もう少しあるかな。一度入った本は手放さない考えだったが、古書は文化財なので、最近は世の中にお返ししようと古書入札会などに出す機会を増やしている

(文化部 伊藤洋一)

     

はやし・のぞむ  昭和24年、東京都出身。慶応大大学院博士課程満期退学。ケンブリッジ大客員教授、東京芸術大助教授などを歴任。「イギリスはおいしい」(平凡社)で平成3年の日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し作家デビュー。P・コーニツキ氏との共著「ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録」で4年に国際交流基金の国際奨励賞。25年には「謹訳源氏物語」全10巻(祥伝社)で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。

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