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志村けんさん宿泊「日本のハワイ」の温泉宿、CFで再起

 昭和46年創業の同旅館は、女湯の湯舟がヒョウタンの形をしており、ヒョウタンがシンボル。廊下などに岸田社長が手作りしたヒョウタンのランプも並べられ、夜には幻想的な雰囲気に包まれる。

 このヒョウタンが、新型コロナ禍からの再起のカギを握る存在にもなった。

 新型コロナの影響が広がった今年2月末以降、同旅館でも予約のキャンセルが相次いだ。スポーツ合宿の予定がキャンセルとなった3月の売り上げは前年同時期の4割減。自主休業している4月以降は収入ゼロの状態が続く。

 この状況を受け、知り合いで世界の料理をレトルトにして販売するシェフ、本山尚義さんの勧めで5月中旬からCFに挑戦。「旅館のことを知ってほしい」と返礼品にヒョウタンの飾りを選んだ。

返礼品のヒョウタン
返礼品のヒョウタン
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祖父の思い、磨いて仕上げ

 もともとヒョウタンは、繁行さんが町の特産品にしようと、地元の有志と栽培し、加工品にして販売していたものだった。

 羽柴(豊臣)秀吉が中国地方を攻めた戦いの際、同町馬ノ山で相対した毛利元就の次男、吉川元春がヒョウタンに入れた酒を武将と飲み交わし、その器量に驚いた秀吉が戦わずに引き上げた-という逸話にちなみ、「大将ひょうたん」と名付けた。

 だが、町などによると、生産者が高齢になり、今では本格的にヒョウタンを栽培する人はいないという。

 そんな中、今年3月、岸田社長が倉庫を整理していて確認したのが、未加工だったり加工途中だったりした約1千個のヒョウタンだった。

ヒョウタンを手にする岸田篤周社長=鳥取県湯梨浜町
ヒョウタンを手にする岸田篤周社長=鳥取県湯梨浜町
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 加工途中のものは、色を3~4層に重ね塗りした状態で残されていた。サンドペーパーで磨くと、下に塗られた色が見えて独特な色合いになる。岸田社長は、「町のために」とヒョウタン作りを始めた繁行さんの思いを受け継ぎ、手にした人たちの幸せを願いながら磨いて仕上げている。

 「祖父はヒョウタンに関することばかりしていた印象がある」と振り返る岸田社長。「見た目もかわいいし、癒やしになると思う。縁起物のお守りとして受け取ってほしい」と話している。

 CF(6月25日まで)などの情報は同旅館ホームページ。

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