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【一聞百見】7代目所長に就任 成果に固執せず「熟成」を促したい 国際日本文化研究センター所長・風俗史研究者の井上章一さん

 「イタリア人の研究者が、初期狩野派について何か面白いことを言っても、日本の学会では『通らない』と処理してしまいかねない。この鎖国的な状態にゆがみが生じることはないだろうか」と危惧する。「海外の日本文化研究者の声を受け止めて、日本の学会に知らせていくことは、大きな意味があると思うんです」。日本文化の国際化に思いをめぐらせている。

■裸体画を見たときめき

 井上さんが5年前に刊行したベストセラー「京都ぎらい」は、京都の中心部「洛中」の優越意識を暴露し、大きな話題となった。京都を賛美する本は数多くあるが、京都人の意地悪な側面を赤裸々に論じた他にはないテイストで、「人と違うことを書きすぎるのは、私のくせにもなっている」という。

 物事を独自の視点でとらえる井上さんが、これから本腰を入れて取り組みたいテーマが「裸体画の研究」だ。西洋から日本に入ってきた裸体画は当時、警察も大衆も「芸術」であるという考えを持たず、「卑猥(ひわい)なもの」として取り締まりの対象になった。芸術家たちはそんな社会と闘って今日、ヌードを芸術の一ジャンルとすることができた。美術史は、「無理解な社会や警察を芸術家たちが説き伏せてきた過程」と寿(ことほ)ぐ。

 井上さんは、少年時代の自分を思い出すという。小学校5年生の時、図書室の美術全集で、つぼを手にした美少女の裸体画を見たときのときめきだ。それは、フランスの画家ドミニク・アングルが描いた名画「泉」だった。「私の後ろの方を司書の先生が通りそうになると、ページをめくって別のところを見る。10歳前後の汚れのない少年にとって、あれは間違いなく危ないポルノグラフィーだったのです」。すると、裸体画を取り締まった明治期の警察は、根本的に間違っていたのだろうか。「裸体画が、芸術として認知される過程を明らかにしていきたいのです」と話す。

日文研の図書館で本を手にする井上章一さん。今後も本腰を入れた研究テーマがいくつかあるという=京都市西京区(永田直也撮影)
日文研の図書館で本を手にする井上章一さん。今後も本腰を入れた研究テーマがいくつかあるという=京都市西京区(永田直也撮影)
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 そんな井上さんだが、大学時代は「芸術という価値判断に篭絡(ろうらく)されていた」という。ヨーロッパを旅行し、パリのルーブル美術館で古代ギリシャ彫刻「ミロのビーナス」を見たときのこと。上半身が裸の女性像を前に、ほれぼれとしていると、「関西人の団体旅行のおっさんが、『ええケツ、しとんのぉ』と言いながら、通りすぎて行ったんです。おっさん、これストリッパーとちゃうぞ。私は同じ関西人として恥ずかしくなりました」。だが後年、美術史の勉強を深める中で、はたと気づいたことがあった。ミロのビーナスは、ヘレニズム期の彫刻の中では比較的、腰回りがよく張り出していることに。「あの関西人のおっさんは、ある意味、正鵠(せいこく)を射ていたのです。私は芸術に目が曇らされて、その現実を見抜けなかった」

 こんなエピソードもある。在籍していた京都大学建築学科では代々、ヌードデッサンの実習があったが、井上さんの学年からなくなった。「学生たちはヌードデッサン(の実習)をよこせと、大学に闘争を打ち出さんかった。恥ずかしいと思ったんやろうね。本気で芸術だと信じ切っていたら、そう立ち上がってもよかったはず」と振り返る。「芸術という概念が、私たちの意識を変えていく過程を調べたい。裸体画を研究しようと、30年くらい前から集めてきた資料が、高く積み上がっています」

 好奇心に突き動かされて突き進むことこそ、本来の学問と信じる。その探究心は、尽きることがない。

 【プロフィル】いのうえ・しょういち 昭和30年、京都府生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。同大人文科学研究所助手、日文研副所長などを経て現職。専門は風俗史や建築史、意匠論。「つくられた桂離宮神話」でサントリー学芸賞。著書に「霊柩車の誕生」「美人論」「阪神タイガースの正体」「京都ぎらい」「大阪的」など。産経新聞夕刊文化面で「海の向こうで日本は。」を連載中。

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