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【河村直哉の時事論】ポストコロナ 基軸になるのは国家

「大阪モデル」がクリアされ、最初の日曜日を迎えたJR大阪駅前をマスク姿で歩く人たち=17日午後
「大阪モデル」がクリアされ、最初の日曜日を迎えたJR大阪駅前をマスク姿で歩く人たち=17日午後

 ポストコロナという言葉が使われている。緊急事態宣言が39県で解除され、経済活動も徐々に再開されている。中長期的に考えるべきは、「コロナ後」にどんな社会を築いていくかだろう。国家が基軸になると筆者は考える。グローバリズムから国内経済にシフトし、緊急事態も管理する。国家のそんな役割が今後重要になってくるだろう。

■過剰なグローバリズム

 今回の新型コロナウイルスがあらわにしたのは、過剰なまでにグローバリゼーションが進んだ現代世界の脆弱(ぜいじゃく)さである。文明の進展に伴ってグローバル化が進むのは必然的なことといってよい。しかしグローバル化を「イズム=主義」とすることは、以前書いたように価値判断を伴っている。グローバル化が価値あるものとして肯定されているのである。その上に立って政府の政策や企業の経営方針が導かれることになる。

 企業は生産拠点をどんどん海外に移出させた。日本のコンテンツを海外に発信し、外国人観光客を大量に呼び込んだ。それは政府の方針でもあった。

 一方で国内産業の空洞化は進んだ。マスクすら中国からの輸入に大半を依存する体質になっていた。外国人観光客は増えたものの、観光地の日本人が不利益を被る観光公害が問題になった。

 それだけではない。例えば国際競争力を高めるという名目で能力主義が採用され、終身雇用や年功序列など、それなりに安定力を持っていた日本的経営は崩れた。労働力は市場化され、非正規雇用が増えて格差が拡大した。ワーキングプアという言葉も生まれた。

 過剰なグローバリズムは日本的な社会そのものを変え、国民を貧しくすらしてしまった。これはおかしい。いくら経済が世界化するといっても主権国家はなくならない。国民を守るために国家は存在する。そうすると国家の経済政策は、まずその国の国民のためになされるべきだろう。経世済民、経国済民が基本になくてはならない。

■自足する経済へ

 世界の人、物、金、情報の緊密な結びつきで経済成長を果たそうとするグローバリズムは、ひとたびその結びつきが破綻すれば、経済的にも瞬く間に影響が広がることをコロナ禍は示した。

 そうするとポストコロナで考えられるべき経済の方向とは、なるべく1つの国で自足するような経済システムを作ることだ、ということになる。もちろん100%の自足などできない。資源の少ない日本は多くを海外に頼らなければならない。しかし行き過ぎたグローバリズムを修正する考え方としては有効である。

(次ページは)国家の見直しを…

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