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まるで「ヨーロッパの芸術映画」 作家・小川洋子さんの作品 言語や文化超える魅力

「密やかな結晶」の英訳版がブッカー国際賞の最終候補にノミネートされた作家、小川洋子さん(佐藤徳昭撮影)
「密やかな結晶」の英訳版がブッカー国際賞の最終候補にノミネートされた作家、小川洋子さん(佐藤徳昭撮影)

 英国のブッカー国際賞の最終候補に小川洋子さん(58)の長編小説『密(ひそ)やかな結晶』(講談社)がノミネートされ、日本人初の栄誉を射止めるかが注目されている。不思議な透明感と幻想性に彩られた小川さんの作品は多くの言語に翻訳されていて、欧米にも熱心な読者がいる。言語や文化の違いを超えて高く評価される魅力を探った。(文化部 海老沢類)

「全く驚かない」

 2005年に創設されたブッカー国際賞は英文学界最高峰とされるブッカー賞の翻訳部門にあたる。18年に受賞したポーランドのオルガ・トカルチュクさんが翌年発表されたノーベル文学賞(18年分)を受けた。アジア圏では韓国の女性作家ハン・ガンさんが『菜食主義者』で16年に受賞している。5月19日に予定されていた受賞発表は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて今年の夏に延期されることが決まった。

 「作家や評論家などバラエティー豊かな顔ぶれで綿密に選考され、翻訳文学の中では世界的に注目度が高い賞。小川さんは英語圏でも質の高い翻訳版を定期的に出版している。今回のノミネートも全く驚かなかった」と、翻訳家で早稲田大准教授の辛島デイヴィッドさんは語る。

 昭和63年にデビューした小川さんは平成3年に「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。記憶が80分しかもたない老数学者と家政婦との交流をつづり、第1回本屋大賞に選ばれた『博士の愛した数式』(15年)は大ベストセラーに。『薬指の標本』(6年)はフランスで映画化されている。

閉ざされた世界

 ナチスの迫害を逃れるために隠れ家に潜んだ少女アンネ・フランクの言葉にひきつけられて創作に打ち込んできた小川さんは、多くの作品で『アンネの日記』と重なる「閉ざされた世界」を描いている。以前のインタビューでは、「肉体的な不自由さの中に閉じ籠もっている人に対する興味がずっとある。環境がいくら厳しくても決して損なわれない精神的な自由、何者にも奪えない根本的な自由が誰にでもあると思う」と語っていた。

 『密やかな結晶』は1994(平成6)年の刊行で、『The Memory Police』というタイトルで昨年英訳版が出版された。受賞こそ逃したが、昨年の全米図書賞(翻訳文学部門)最終候補にも入った。

 秘密警察が行う「記憶狩り」によって、さまざまなものの消滅が進んでいく島を舞台にした物語。鳥、バラの花、写真、カレンダー…。何かが消えていくたび、それらに対する島民の感情や記憶も失われていく。そんななか、語り手の小説家「わたし」は、信頼する編集者を「記憶狩り」から守るために自分の家の隠し部屋にかくまうことになる。

 鳥が空の彼方へ飛び去ったり、色鮮やかなバラの花びらが川一面を覆いつくしたり…。消滅に伴うそんな美しい情景と、底知れない不穏さや悲しみが同居する不思議な世界が紡がれている。監視が行きわたった情報化社会への批評という観点からも読まれ、欧米でも「夢のようにはかなげなディストピア(反理想郷)小説」(米誌「ニューヨーカー」)、「全体主義とそれに対する抵抗、そして生と死の関係を熟考する傑作」(英紙「ガーディアン」)といった好意的な書評が掲載された。

透明感ある文章

 「読者をひきつける物語性を持ちつつ、人間精神の深いところにある病的な部分も緻密に、繊細に描くのが小川さん。フランスをはじめ欧州の文学関係者の間では以前から評価が高い。豊かなエンターテインメント性で世界中でベストセラーとなっている村上春樹作品をハリウッド映画的だとすれば、小川作品は通が好むヨーロッパの芸術映画的だといえる」と話すのは、現代の世界文学に詳しい名古屋外国語大副学長の沼野充義さん(ロシア・ポーランド文学)。リアルでありながら幻想的な雰囲気を漂わせる小川さんの静謐な筆致にも着目する。

 「日本の著名作家でも大江健三郎さんや中上健次らの文体は癖が強く、翻訳で失われてしまうものも少なくない。一方、小川さんの文章は翻訳されても魅力が伝わりやすい明晰(めいせき)で透明感のある美しい現代日本語。その点も国際的な受容に貢献しているのでは」

 2018年にはドイツ在住の作家、多和田葉子さんが『献灯使』で全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞。村田沙耶香さんの芥川賞受賞作『コンビニ人間』の英訳版も同年、米誌「ニューヨーカー」が選出する年間ベストブックス9冊のうちの1冊に入るなど、最近は女性作家の健闘ぶりを伝えるニュースが目立つ。

 「女性の地位向上という世界的な潮流も背景にはある。ただ、理屈っぽくなりすぎず、しなやかな感性を生かして世界の読者に広く開かれた作品を書く優れた女性作家は日本に多い。翻訳も進んでいます」と沼野さん。今夏に予定されているブッカー国際賞の発表はそんな流れを再認識させる場となるかもしれない。

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