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【一聞百見】ラグビー精神を次世代に 元伏見工高ラグビー部監督・高崎利明さん  

「ラグビーの精神を次世代に伝え、さまざまな分野で活躍できる人材を育てたい」と話す高橋利明さん=京都市伏見区(永田直也撮影)
「ラグビーの精神を次世代に伝え、さまざまな分野で活躍できる人材を育てたい」と話す高橋利明さん=京都市伏見区(永田直也撮影)
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 昨秋のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会から約40年前に、日本にラグビー旋風を巻き起こしたチームがある。京都市立伏見工業高(現京都工学院高)ラグビー部。無名だった公立校が一躍全国優勝を遂げるまでの快進撃は、ドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルにもなった。当時、〝ミスターラグビー〟こと故平尾誠二さんとともに立役者だったのが、高崎利明さん。その後、長年にわたって教師としてラグビーの普及に努めてきた。一貫しているのは、ラグビーへの強い愛だ。

(聞き手・江森梓 社会部記者)

■平尾がいたから強くなれた

 「ラグビーの精神を次世代に伝えたい」。令和3年度に開校する京都市立京都奏和(そうわ)高の初代校長として準備を進める傍ら、熱い思いを語る。その情熱は、現役時代と変わらない。

 もともとは野球少年。中学進学時に知り合いの先輩から声をかけられてラグビーを始めた。ポジションは攻守をつなぐスクラムハーフ。小柄な体格と気の強い性格がぴったりはまった。やがて「真剣にラグビーがやりたい」と、山口良治(よしはる)監督率いる伏見工高ラグビー部へ。そこで平尾さんと出会う。ずばぬけたセンスを持ちながら、練習後も黙々と個人練習に打ち込む姿に、「一生懸命な平尾がいて、自分たちも真剣になれた」。

 1年でベンチ入りして臨んだ京都府決勝戦。強豪・花園の壁にはばまれ、全国大会はあと一歩で届かなかった。ベンチで涙を流し、帰り道に準優勝のトロフィーを川に投げ捨てた。これは平尾さんのエピソードとして知られているが、「実は僕の話なんですよ。それとも、あいつもやってたんかな。ただそれだけ悔しかった。そんな思いになれたのも平尾のおかげかな」と振り返る。

平成26年に開かれた伏見工・山口良治総監督の「京都スポーツ殿堂」「IRBスピリットオブラグビー受賞」の祝賀会に出席し、笑顔を見せる高崎利明さん(右)と平尾誠二さん(高崎さん提供)
平成26年に開かれた伏見工・山口良治総監督の「京都スポーツ殿堂」「IRBスピリットオブラグビー受賞」の祝賀会に出席し、笑顔を見せる高崎利明さん(右)と平尾誠二さん(高崎さん提供)
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 チームは山口さんの厳しい指導のもと強くなり、3年の時に全国制覇を果たした。決勝では平尾さんはひざを、自身は肩を負傷し、満身創痍(そうい)だったが、不思議と恐れはなかった。「とにかく目の前の試合に勝つ、それしかなかった。本当に濃密な3年間だった」

 大学は山口さんの母校・日本体育大へ。厳しいという評判から当初は別の大学を志望していたが、山口さんからの数時間に及ぶ説得に折れた。首を縦に振ったとき、「これ、やるよ」と小さなだるまを手渡された。そこには「忍」の一文字が書かれていた。まだ、体育会に理不尽な上下関係が横行していた時代。理由のわからないことで先輩から怒られることも多々あったが、「自分で決めたことだから」とひたすら耐え抜いた。入学したときに約50人いた同学年の部員は、卒業するころには半分ほどに減っていた。「絶対に戻りたくないと思うぐらい、つらい時期だった。本当は平尾たちと一緒に同志社に行きたかったんや」と振り返るが、「今思えば日体大へ行ったから教師にもなれた。僕には向いていたんかなと思っています」。

■教員、指導者、再び教員に

 ラグビー漬けだった学生生活をへて、教師の道を選んだ高崎さん。大学4年のとき、母校の伏見工高で受けた教育実習がきっかけだった。初めて教壇に立ったとき、緊張する半面、授業を進めるうちに子供たちの視線がこちらへ向くのを感じた。「おもしろかったですね。こうして人に影響を与えられる仕事をしたいと思いました」。社会人ラグビーから声もかかったが、中学教諭に。経験を積む中で、徐々に教育者としての自信もついていった。

第80回全国高校ラグビー大会決勝で優勝、恩師の山口良治総監督(左)と握手する高崎利明さん=平成13年1月
第80回全国高校ラグビー大会決勝で優勝、恩師の山口良治総監督(左)と握手する高崎利明さん=平成13年1月
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 そんな中、伏見工高から誘いがきたが、「当初は抵抗がありましたね」と明かす。応じれば、当時監督だった山口さんのサポートに入り、生活の中心はラグビー指導が占めるだろう。教育者ではなく、指導者とならざるを得ない。積み上げてきたキャリアに未練を感じ、最初は断った。だが、「これ以上首を振り続けると、山口さんとの縁が切れてしまう」。母校へ戻ることを決めた。

(次ページは)ラグビーは教育…

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