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【歴史シアター】製鉄、律令国家作り支え 黒土遺跡に最古級の鋳造施設 滋賀・草津

最古級の鋳造施設が見つかった黒土遺跡の発掘現場=滋賀県草津市南笠町
最古級の鋳造施設が見つかった黒土遺跡の発掘現場=滋賀県草津市南笠町
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 飛鳥時代末期(7世紀末~8世紀初頭)に大型の鍋釜を鋳造した施設跡が確認された滋賀県草津市南笠町の黒土遺跡。鉄などの鋳造遺構としては国内最古級で、口径が1メートルを超す巨大な鍋釜など高度な製品作りを行っていた。周辺には同時代の製鉄遺構も点在。同遺跡一帯は早くから、製鉄から鋳造までを手掛ける鉄製品の一大生産拠点だったようだ。天智天皇(626~671年)が営んだ大津宮からそう遠くなく、遺跡脇には、畿内と東北を結ぶ官道・東山道が通っていた。ここで作られた鉄製品は、都や各国衙・郡衙などに運ばれて、律令国家を支えていたのかもしれない。(編集委員 上坂徹、写真も)

■飛鳥文化末期

 同遺跡で確認された鋳造施設跡。深さ1メートルから0・3メートル掘られた土坑(どこう=くぼみ)4基を確認。数メートル間隔で並んでおり、このうち3基が鋳込みに使われていた。その中のひとつは赤く焼けており、直径1・4メートルの輪状の土塊が残っていた。鋳型の底部のようで、造られていたのは口径1・15メートル以上の大型の鍋釜とみられる。残る2基では、それぞれ口径約90センチ、約60センチの中・小型の鍋釜が造られていたようだ。

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 同遺跡ではこのほか、炉に風を送るための羽口や溶解した炉壁の破片、鍋の下につける獣を描いた脚(獣脚)などの鋳型、鋳造に使われた木炭、鉄くず(鉄滓=てっさい)などが出土。遺跡内で同時に見つかった土器の形式から、飛鳥時代末期の遺構と確認した。

 鉄製の鍋釜を作っていた同時期の鋳造遺構は、同遺跡の北東約380メートルにある榊差(さかきざし)遺跡でも確認しており、同様の獣脚の鋳型、炉壁、羽口などのほか、仏像の背後を飾る光背(こうはい)の鋳型も出土している。

鋳造施設で使われていた鋳型(手前右)。銃脚を製造していたようだ
鋳造施設で使われていた鋳型(手前右)。銃脚を製造していたようだ
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 奈良県明日香村の川原寺跡でも、鉄、銅、銀など金属の鋳造を行っていた工房跡が確認されている。同寺は、天智天皇の発願で母の斉明天皇が営んだ川原宮の地に建立したとされ、天武2(673)年に、一切経の書写が行われたことが、「日本書紀」に記されている。工房も創建時期に作られたとみられ、黒土遺跡の鋳造施設より、わずかに先行していた可能性が高い。

(次ページは)丘陵に工房林立…

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