PR

ニュース プレミアム

【一聞百見】宮城から高知へ…津波へのリベンジ 高知県四万十町危機管理課主任・中野未歩さん 

故郷の宮城県で東日本大震災を経験した中野未歩さん。防災研究者から高知県四万十町の職員に転身し、南海トラフ地震など災害対策に取り組んでいる=高知県四万十町(須谷友郁撮影)
故郷の宮城県で東日本大震災を経験した中野未歩さん。防災研究者から高知県四万十町の職員に転身し、南海トラフ地震など災害対策に取り組んでいる=高知県四万十町(須谷友郁撮影)
その他の写真を見る(1/4枚)

 3月11日で東日本大震災から9年を迎えた。被災地はまだ復興途上だが、津波で大きな被害を受けた故郷の宮城県石巻市を飛び出し、大震災での経験を糧に遠く離れた高知で南海トラフ地震対策に挑む若者がいる。高知県四万十町役場危機管理課主任、中野未歩さん(27)だ。災害を経験した若者が故郷で復興に尽力する物語はよく見聞きするが、別天地に移り住み次の大災害に立ち向かう事例はまれだ。「二度とあんな悔しい思いは誰にもさせたくない」という中野さんのまなざしの先には何があるのか、聞いた。

(聞き手 北村理 編集委員)

■ギャップ埋めるため支援活動

 --東日本大震災当日はどうしていましたか

 中野 当時高校2年生で仙台市内のアパートに下宿し、通学していました。週末だったので、実家のある石巻市に帰るためにバスで仙台駅へ向かっていたら、緊急地震速報が鳴り響き、バスが緊急停止しました。揺れは3分ぐらい感じました。それまで経験した地震と同じぐらいかと思いましたが、仙台駅で多くの人が外に誘導されているのをみて、ただごとではないと感じました。

 --それからどこに避難しましたか

 中野 小学校の避難所に行きましたが、人が多く座るのが精いっぱいだったので、アパートにもどり、余震が続くなか他の住人と身を寄せ合ってロウソクをともし、ビスケットを分けたりして一夜を過ごしました。翌朝、仙台市内の高校の教員をしている母が迎えに来て、その高校で5日ほど過ごすことになりますが、そこで新聞の号外をみて、石巻市が火の海になっているのを知りました。石巻にいる父も祖父も亡くなったと思いました。

 --石巻市では関連死、不明者も含めると約4千人が犠牲になっています

 中野 1週間後に父と連絡が取れました。父は勤務している東松島市の学校で避難者に対応してました。実家の祖父も近くで津波が止まり無事でした。ガソリン不足で父が迎えに来たのが3週間後。石巻市はガレキだらけで、慣れ親しんだ町なのに、自分がいる位置さえ分からないほどでした。町中は海水とガソリンが混ざった泥の臭いでいっぱいでした。

東日本大震災で被災した実家のある宮城県花巻市の風景。中野さんは無事だった自分と故郷の町の惨状のギャップに悩んだという(本人提供)
東日本大震災で被災した実家のある宮城県花巻市の風景。中野さんは無事だった自分と故郷の町の惨状のギャップに悩んだという(本人提供)
その他の写真を見る(2/4枚)

 --学校はしばらく休校でしたね

 中野 休校中は、被災者支援センターに参加し、仙台市内沿岸部で津波の被害が大きかった荒浜地区と、石巻市でボランティアをしました。震災後、石巻に戻ったとき、無傷である自分と故郷の町の惨状のギャップを感じ、「自分も何かすべきでないか」という衝動にかられ、ボランティアに没頭しました。

(次ページは)自分の専門を自問…

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ